楓の書
□ネコ耳記念日
1ページ/2ページ
「どうしても、これ付けるんですか…?」
「うん♪」
すでに鈴のついた首輪は装着済みで、ネコ耳のカチューシャまで楽しそうに渡されてしまった。
「…いったい何のために」
「だって今日はネコの日でしょ?」
望美の母は極度の動物アレルギーで、春日家ではペットを飼った事がなかった。
それならばと、お隣有川家の幼なじみに頼んだ所で、家を留守にしがちな兄 将臣が世話をするとは思えない。
そして譲も部活と炊事で手一杯であった。
動物を飼うことに縁のなかった望美は、ここぞとばかりに何やら企み顔をしていた。
「今日は一日私がご主人様だから、いっぱい甘えてジャレていいよ♪」
「ジャレる…って」
まったくもって望美の考えていることがわからない譲は、はぁと溜め息をつき首輪の鈴をチリンと鳴らした。
「ほら、おいでおいで〜」
「………」
本当にネコがジャレて遊ぶような、棒の先端にフワフワが付いた物を目の前で振る。
「んも〜ノリが悪いなあ…」
「俺はそんなにネコの生態に詳しい訳ではないんで…。」
生態に詳しくなくても、ネコがどのように棒にジャレるのかくらいは知っている。
が、さすがに棒にジャレつくのは抵抗があった。
楽しそうな望美に水を差すのは気が引けたが、もし途中で兄が帰宅したら言い訳も思いつかない。
「じゃ、コレだ。ココを…」
「んん…」
次は譲の顎の下を擦る。望美の細い指は思いの他気持ち良く滑り、思わず声が出た。
「譲くん、可愛〜い」
「…っ」
「よ〜し、よしよし」
「あの…、先輩?」
上機嫌に譲の顎を撫でまわす望美に苦し紛れに譲が話を切り出す。
「な〜にかな〜?」
それはもうネコと遊ぶと言うよりは、幼児を相手にしているような口ぶりで。
「先輩、知ってましたか?ネコって、尖った物に鼻を擦り寄せるんですよ―――こんな風に……」
「え……?」
譲は顔を近づけると、自分の鼻の頭を望美の鼻に擦り合わせる。
これには少し照れたのか急に黙ったかと思うと次第に顔を赤く染めていった。
「譲くん…」
――ネコの生態詳しいじゃん…。
言葉は飲み込まれ、譲が鼻を擦る度に首の鈴が鳴る。
何かが始まる前の儀式のように不規則に鳴る鈴の音は望美の耳に心地よく響く。
――トクッ、トクッ。
譲の耳には自分の心臓の音だけがこだました。
静かに吐く息さえこんなに近くで感じる。
このまま顔を少しずらせば、唇すら触れてしまう。
お互いにファーストキスは経験済みだった。
そう、お互いの目の前の相手と。
しかし一瞬の、言わば事故のようであったそれは唇の感触を確かめる余裕すらなかった。
今ならば。
このドキドキして気分が高まっている雰囲気に便乗して。
もう少し進んだ形のキスが経験できるのではないだろうか。
譲は望美の顎にそっと手で触れる。
一瞬ピクリとしたが望美はゆっくりと瞼を閉じた。
ゴクリと喉が鳴ったのが望美に聞こえてしまっただろうか。
しかしもう止められない。
譲の全神経が望美の唇を欲する。
顎に添えた指は望美の顔を少し上向きにした。
チュッ――
ついばむような触れるだけのキス。
唇が完全に離れてしまう直前、望美の指が譲の袖を小さく掴む。
それを合図にしたかのように顎に添えていた指は頬から耳の後ろまで包み、また唇を合わせる。
今度は長く、その柔らかな感触に溶けてしまいそうになる。
「…んん」
望美が小さく声を発すると、その開いた隙間に舌を差し込む。
鼻から漏れる息は甘く空中に漂う。
まだぎこちない舌の動きも、このドキドキと高鳴る胸の鼓動が打ち消して二人は夢中で求め合った。
頭の芯が痺れていくような感覚はなんだろう。
これが「気持ちいい」と言うことなのか。
唇を離してしまうのがもったいない。
しかしこのままでは息が続かない。
名残惜しそうに離れた譲はふぅ、と一つ息をついた。
目の前で真っ赤になっている彼女は恨めしそうな瞳で譲を見つめる。
「……なんだか、譲くん急に男の人になっちゃったみたい」
「嫌、でしたか…?」
「……」
「…先輩があんまり綺麗だったから、ジャレついてしまいました」
冗談のように言ってみても照れた気持ちを隠しきれなかった。
「譲くん、ネコ耳だし可愛いから許す♪」
「あ…」
2月22日、2回目のキスは2人にとってネコ耳記念日になりました。
end