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□ある高校生の嫌悪
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笹原 陸がその郊外の港に着いた時、時刻は宵闇を通り越していた。
薄暗く染まった角材やコンクリをまたぎ、コンテナによって迷路さながらに形成された小道を抜ける。
頭の隅では周囲にも気を配りながら進まなければならないことは理解していたが、笹原の足が止まることはなく
三回目の角を曲がったところで、目的の第二倉庫に到着した。
それまで狭かった視界は開け、大型車のためのだだっぴろいスペースとその奥に大きな建物ー流通用に使われる倉庫が見えた。
そこまでやってきて、笹原は自分があまり呼吸をしていなかった事に気づいた。
腹の奥に渦巻いているなんともいえない感覚を吐き出すように息を吸い、吐く。
夜の空気は冷たく、自然と身が引き締まった。
「行くぞ」
誰に言うでもなくはたまた掛け声とは程遠いほどのつぶやきを残し、笹原は倉庫の入り口へと駆け出した。
「京輔さん!無事っすか?!」
その声に、三 京輔はただ「遅ぇ」とだけ言ってきた。
暗がりから、窓から差す月明かりの下まで出てきた声の主は、いつもの制服姿でいた。
「頭磨く暇があるなら、早く来い」
そう言って、反転し隅に投げ捨ててあった上着を拾い上げると、軽く汚れを払ってから身につける。
京輔自身で洗濯しているのかは知らないが、彼の制服はいつも新品同様に調っている。
紺の上着で、土と、かすかに赤く汚れたシャツは覆われ見えなくなった。
「好きでこんな頭なんじゃねぇっす」
「野球部の名残なだけだろ」
「今時流行んねーぞ陸」
京輔の周囲にいた二三人の人間の笑い声と囃しが飛ぶ。
こちらは京輔とは程遠い風貌で、各々が服だったり額だったり腕だったり、どこかしら擦り切れ赤黒く汚れていた。
(いや…)
闇夜、郊外の港の使われていない倉庫、
ひしゃげた入口の扉、割れた硝子窓、
埃と血と鉄に塗れた空気、ぼろぼろの制服。
今この場所に似つかわしいのは彼等やこの自分だ。
笹原も、そこにいれば一般人からは距離を置かれ、「不良」というレッテルを貼られたお仲間からは用もないのに近付かれるという
いかにもな容貌をしている。
いくつもの勢力争いがある中、王者足らんとその頂点を狙う、この『黒』の中では
副長や参謀達も並外れた力、容姿揃いだが
この男だけは雰囲気か、その存在そのものが「不良」という枠を越えている。
京輔だけがこの組ではイレギュラーだと笹原は感じていた。