賜物部屋2

□嫉妬
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幼馴染3人での飲み会。
成歩堂が御剣を弁護した裁判から後、これまでに何度かそんな機会を持つようになった。
きっかけは大抵、矢張が彼女にフラれて愚痴に付き合ってもらいたくて、成歩堂に電話をして来ることから始まる。
何度も付き合わされている成歩堂から邪険にされて、それでも諦めきれない矢張りから、それなら御剣を呼ぶから同級会しようぜ!という明らかな誤魔化しの言葉とともに強引に会を開くという流れだ。
だが――。
最近矢張はそんな自分の慣習を改めようかとひそかに考えている。
と言うのも、どうにも矢張は自分が割に合わないことをしているのではないかと思うのだ。



3人での飲み会は大抵同じような流れで、同じような展開を繰り広げる。
まずは飲み会を主催した矢張が、絶え間なく彼女ができる割にいつもどうしてか一歩及ばずに振られてしまうという不可思議な現象に対しての愚痴を一方的に語りだす。
同じことを何度も経験してきた成歩堂も御剣も真剣に聞こうと言う姿勢は無く、話半分に聞き流すのが常だ。そして話を聞いてもらえていないことに気がついた矢張が癇癪を起して二人を責め始める。
酒も入って理論だった思考が成り立たない――もっともそれは普段からのものだが――ぐだぐだした話は語るだけでもそれなりにスッキリはするが、とはいえちゃんと聞いていてほしいものなのだ。

「御剣はモテるから女に困んねぇだろうし、どうせ俺のことなんてバカにしてんだろ!」
「……馬鹿なことを。確かに私は女性からそのようなアレをいわれることが少ないとは言わんが。望んでもいない人間に好意を寄せられても断るのに困るだけだろう?」
「カァー!これだからモテる男ってのはよぅ」

ムカツクぜ!と言いながらバシバシと御剣の肩を叩き、揺すぶる。
やめろと不機嫌に呟かれても意に介することなく御剣を責め立てる矢張。迷惑そうにしながらも、御剣は決して強引に矢張を引きはがそうとはしなかった。幼馴染の気やすさに彼もそれなりの親近感を覚えてくれているのだろう。そんな不器用な友人との触れ合いを、矢張なりに楽しんでいるつもりだった。
しかし――御剣を責め立てる時間はいつもそう長くない。
御剣が顔を顰め出したらすぐに、邪魔が入るからだ。

「矢張、御剣は疲れているんだからあんまり絡むなよ」

ビールジョッキを口につけながら上目遣いに成歩堂が文句を言う。
唇を尖らせて拗ねた顔からその言葉がうわべだけのものだという事は明らかなのだが――既に慣れた矢張はまたか、と思いながらもへらりと微笑んで、わりぃわりぃと肩を最後にパンと叩いて身体を離す。
再び距離を置いて彼女の愚痴を始めた矢張に成歩堂が目に見えてほっと息を吐くのを見て、まったくこいつらは――そう、こいつ「ら」だ――と矢張は内心で何度となく繰り返した息を吐くのだ。
これが矢張が最近、割に合わないのではないかと思う理由の一つだ。
明らかに本音と違う言葉で牽制してくる成歩堂は、正直怖い。
基本的に明るくて気はそれなりに聞くし強く押せば流されてくれるし、成歩堂はいい奴だ。ただ――3人でのの視界の時だけは違う。矢張に対して、苛立ちを含んだ鋭さを向けてくる、そんな状況がある。
怒らせると怖いやつ、という認識を長い付き合いの中で持っている矢張としてはその度に心臓がびくりと震えるのだ。

だがこの時点ではまだ怒りだしてもいない親友に怯える臆病な自分に呆れるくらいで済む。
問題は更に酒が入った後だった。






「それでよー、ミチカがパリに行くって言うからよー、オレ毎日メールするって言ったんだよ。そしたら嬉しいわって……でも、返信されたメールが英語で訳分かんねーんだ」

言いながら矢張が成歩堂に携帯画面を見せる。その内容を読んだ成歩堂ががっくりと肩を落とす。

「お前、これ相手に届いてないんじゃないか」

確かに、文面は英語だった。
だがその送り主は明らかにミチカという女性ではない。英語が苦手な成歩堂だって辞書を使わずともその意味はなんとなく察せられる内容はつまり、メールが相手に届くことなくメールが電脳空間を彷徨い舞い戻って来たことを示している。
液晶画面に浮かぶのはエラーメッセージ。

「え!なんでだよ」
「その、ミチカさん?携帯変えたんじゃないの?っていうかその登録してた携帯は海外対応してんの」
「さ、さぁ……俺はそんなの聞いてねぇぞ!」

矢張がぷすぷすと怒りを顕に怒鳴れば成歩堂がこれ見よがしに溜息を漏らす。
彼女の行動と成歩堂の反応に相乗効果でいらだって、バカにしやがってぇぇぇ!とさらにヒートアップしてしまった矢張は、悔しさの勢いのままにこの場にない『彼女』の代りに成歩堂の首を抱く。
無論、彼女への愛情表現の抱擁とは異なり、首を絞めるそれは気の置けない友人に対する八つ当たりのそれだ。
他意は、決して、ない――

「ちょ、矢張!やめろよ……苦しいだろっ」
「うるせぇ、これでもくらえっ」

ぎゅうぎゅうと、ヘッドロックをかけてふざける。
もはやミチカへの怒りや感情と言うよりも、その行為と成歩堂の反応の良さに面白くなって――そして、やりすぎたかなとハッと思い返す。
真夏の宵、居酒屋の酒を誘う冷房とも異なるヒンヤリとした冷気が首元を刺していた。
しまったと思うと同時に、腕の中にいた成歩堂の身体がぐいっと後ろに引かれる。

「うわっ」

不意打ちに驚く声はすぐにくぐもった。
酒とそれ以外に僅かに紅潮させた頬で、御剣が矢張を射殺しそうな強さで睨んでいる。

「な、なんなんだよ、お前!」
「苦しがっている人間を、痛めつけるのを見過ごすわけには行くまい?」

当然のことのようにいう御剣に、正直彼らが法廷でするように『異議』を申しつけたくなる。
しかし異議を申し立てたところで無駄だという気音も、理解していた。
全て無自覚なのだ、この男は。

「なんだ、その眼は」
「べっつにぃ?」
「言いたいことが在るのならば、ハッキリいいたまえ!」

矢張の腕の中から奪った成歩堂を、御剣はぎゅうぎゅうと思いきり力を込めて抱きしめている。
酔いのせいか力加減ができず締めすぎて息ができなくなった成歩堂が、ぐ、ぐるしい……と唸る声を上げていた。
しかたなく矢張は異議を申し立てるのではなく、静かに指摘してやることにした。

「……じゃぁ言わせてもらうけどよ。お前の腕の中で成歩堂が今死にそうだぜ?」
「ム?――な、成歩堂!成歩堂!?」

慌てた御剣がふるふると身体を震わせる。
その様子を見て、やっぱりこいつらと付き合うのは割に合わないぜ、と矢張は呆れるのだ。


幼馴染二人の関係性を矢張は本人たちから聞いていないし、知らない。
だが、矢張が予想している限りはまだこの二人は付き合っていないどころか、互いの気持ちにすら気付いてない。

常識人を自称する成歩堂と、自分を含め人間の感情にとことん疎い大人に成長してしまった御剣は、互いに向ける感情が恋愛のそれだということにも。
矢張が飲み会でふたりそれぞれに絡むほんの些細な触れ合いの時に見せる過敏な行動が嫉妬から来るものだということも。恐らくどちらも、気付いていない。

自分の気持ちにすら気付かない馬鹿で鈍感のくせに嫉妬だけは一丁前っていのがやりきれねぇんだよなぁ。



そうして今日も矢張は、己の愚痴を話してスッキリするのと、二人の無自覚な嫉妬にあてられるのと。
はたして自分はこの割にあっているのか分からない飲み会を続けるべきかどうか。

答えの出ない悩みに振り回されて終わるのであった。





もう、いい加減お前ら付き合う飛び越して結婚しろ!




End.




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狼一様、スケブありがとうございました!!
お題とちょっとずれてしまった感がありますが、無自覚バカップルの嫉妬に振り回される矢張のお話になりました。
矢張がいないとこの二人って本当に常識からも世間からもずれていくんだろうなと、こっそり思っています。
幼馴染の関係が好きなのでこのような話になりました。

素敵なイラストのお礼になっていたら幸いです。



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