賜物部屋1

□君の香り〜ミツナルver
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君の香り
ミツナルver



 長年使っていた鞄が壊れて。
 そんなに余裕がある訳ではなかったけれど、無いまま過ごせるものでもないので成歩堂は高菱屋へ立ち寄った。値段と使い勝手に折り合いをつけた品を、何とか見つけ出した帰り道。
 紳士フロアの一角に設けられた売り場に、ふと目が行く。
 『ワンランク上のビジネスシーンを』なんてコピーのついた、いかにも高級品を取り揃えております、というディスプレイは普段ならば素通りするが、その中に1つだけ見知った品物が展示されていて足が止まった。
 シャープな流線型のフォルムの瓶は、御剣の家に置いてあったものと同じ。気に入っているのか、大抵それがあるから何度も洗面所で見る内に自然と覚えてしまった。勿論、名前の方は御剣が何回教えてくれても覚えていない。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん・・・ブルジョワ!」
 さり気なく、あくまで品よく添えられた値札に視線を落とせば、つい罵りが口をついてしまう。トワレの消費量なんて分からないが、たった50mlしかないのに1月分の食費より高いのだ。ぼやく位は許されるだろう。
「頭の天辺から足元までカウントしたら、殴りたくなるんだろうなぁ・・」
 尚もブツブツ続けながらも、成歩堂の手はそのトワレのサンプルに伸びていた。
 高級そうで、凛としていて、清涼感があって、心地よい香りは嫌いではなくて。
「・・・ん?」
 しかし、サンプルを嗅いだ成歩堂は小首を傾げた。御剣のトワレと似てはいるが、どことなく違うような気がして。種類が異なるのかと再度瓶を確かめたが、記憶との齟齬は見当たらない。
 不思議に思った成歩堂だったが、視界の端に店員が営業用スマイルを湛えて近寄ってくるのを捉えた為、そそくさとその場を去った。




「あっ・・みつ・・・も、もう・・っァ・・!」
「・・ああ、いっていいぞ・・っ」
「っく・・ぁ、ぁっっ!!」
「・・ッ!」
 端整な容貌とは裏腹に、猛々しい律動を繰り返していた御剣が成歩堂の胎内を貫き通さんばかりに深く腰を入れた後、成歩堂の身体の上へ崩れ落ちた。
「・・は・・・っ・・」
 口をぱかりと開けて必死に酸素を取り込み、真っ白に焼け付いた思考が回復して、不規則で絶え間ない痙攣の間隔がようやく広くなってきた頃。成歩堂は完璧なまで鍛え上げられた胸板を、気怠い手を何とか持ち上げて押した。
「・・・重いよ」
「ム・・・すまない」
 成歩堂の顔に柔らかくも熱のこもった接吻をしていた御剣は、素っ気ない言葉に少々不満げな表情を垣間見せたが、成歩堂の要望を聞き届けて身を離した。
「・・・っ、ぁ・・」
 御剣がもっと余韻を味わいたいのだという事は伝わってきたが、やや力をなくしていても充分な質量の御剣自身がずるりと過敏になっている肉襞を擦り上げて抜け出ていく感触と、とあるジレンマでぐるぐるしていた成歩堂は、正直それ所ではない。
 背中には、ラグ。前面には、つい数秒前まで御剣のスラックスとシャツ。それらが、成歩堂の肌に直接触れていた。
 つまり、成歩堂は真っ裸で、一方の御剣はシャツのボタンこそ全て外しているものの、服を身につけたまま。
 確かにスーツのクリーニング代を気にして、着衣のままそのようなアレに及ぶのを嫌がったのは成歩堂だが。それ以来クリーニング代などものともしない御剣は、成歩堂の衣類は一枚残らず剥いでも己のは疎かにする。
 かといって、『御剣も脱げよ』なんて言った日には、成歩堂が珍しく積極的になっていると勘違いした御剣がここぞとばかり張り切るし。
 そもそも論として、家に辿り着いた途端押し倒すなと抵抗しても。
 『1秒の猶予もない。今すぐ成歩堂を感じたいのだ』と陶器みたいな頬を上気させ、怜悧な双眸を情欲に烟らせて見詰められては、何だかんだ言いつつも御剣を悪く思っていない成歩堂が、我を押し通せた例はない。
 かくして成歩堂は恥ずかしいやら悔しいやら、文句を言いたいような、もうこのまま流されてもいいやというようなごちゃ混ぜの状態に陥るのである。
「久方振りで、自制がきかなかった。辛くはないか?」
 あまりの激しさに、ペースを落としてくれと掠れた声で懸命に頼んでも聞いてくれなかったのに、狂乱の刻が過ぎれば紳士然と気遣う御剣にツッコミたかったが。
 『上』からは退いても成歩堂を抱き寄せ、後戯なのかあちこちを撫でる手付きが酷く優しくて、情けなくも為されるがままトロリと瞼を閉じる。
「・・・ぁ・・」
 と、御剣の身動ぎにあわせて、例のトワレが香り立った。
「この間、高菱屋で御剣がつけている香水を見掛けたんだけどさ」
「・・・ウム」
 何度教えてもトワレを一括りの香水としか言わない点には今だけ目を瞑り、唐突な話題提起にも御剣は律儀に相槌をうった。こういう所が憎めないんだよな、と思いつつ成歩堂は続ける。
「瓶は同じなのに、匂いがちょっと違ったんだよ。バージョンが変わったのか?」
 真顔で尋ねる成歩堂に、御剣がフウ、と溜息をついた。起き上がっていたら、ヤレヤレと首も振っていた筈。
「香水というものは、つけた者の体臭や時間によっても変化するのだよ」
 今更に過ぎる知識だが、香水の類に一切興味のない成歩堂にとっては初耳だった。
「そうなのか。ふーん・・」
 少し顔を寄せ、意識して息を吸い込めば、御剣の言う通りいつもの香りに幾分ムスクのような濃密さが加わっている。
「普通ラストノートは、淡くなるのだが。今は、特別な変化をしているだろう?」
 今度は御剣が、どちらかが少しでも動いたらすぐ唇が重なってしまいそうな位に身を乗り出す。深いフレグランスが呼吸する度成歩堂の体内へ侵入してきて、くらり、と酩酊感に襲われた。
「だが・・私が最も好むのは、この移り香だ」
「・・え・・? 移り、香・・?」
 御剣が直接触れなくても、香りを楽しむかのように顔を動かすにつれ、銀色の綺麗な髪が成歩堂の肌を愛撫のように擽る。
「肌を重ねた後の、成歩堂の香に優るものはない」
「!?」
 わざとらしく視線をあわせた御剣の双眸は、成歩堂の背筋にぞわぞわと疼きを這い上がらせる。そして密着した下肢の、熱い高ぶりに気付いた瞬間、疼きは戦慄に変わった。
「私の香りが君の肌に移り、得も言われぬ芳香を醸し出すのだ。『印』のようで、酷く高揚する。何度でも感じたくなる」
「・・・ァ・・!」
 耳の後ろに鼻を擦り付けられ、小さく叫んで身を捩ったが。御剣はその動きを利用して成歩堂を俯せに押さえ込み、片足を深く降り曲げさせた。
「ちょ、御剣・・っぅ!」
 取らされた体勢に嫌な予感がして振り向こうとした成歩堂の耳へ、御剣の白く揃った歯が食い込み、言葉は途中で途切れる。前々から、御剣がシャワー無しで成歩堂を抱きたがる傾向には気付いていたのだけれど、どうやらその原因は残り香とやらにあるらしい。
 そんな思考が浮かんだものの、まだ御剣の残滓が留まっている蕾に火傷してしまいそうに熱く、しかもすっかり硬度を取り戻している肉茎が押し当てられた瞬間、驚愕以外はすっかり霧散した。
「ま、待った! 御剣、幾ら何で、も・・ァっ!」
 身体を揺すって逃れようとするその動きこそが御剣を更に煽ったのか、御剣は一気に半分まで楔を埋没させる。
「待てとは、酷な事を。私は、待ち過ぎておかしくなりそうなのに」
 切ない吐露に、ひくり、と成歩堂の背が波打つ。御剣の肌に浮かんだ汗が1雫、成歩堂の肌へ落ち、その感触と漂った香りに、もう抵抗の気力が失われていく。
「ああ、1つだけ訂正しよう。君の残り香より私を惹き付けてやまないものが、実は存在する」
「・・ゃ、ぁ・・触る、な・・ぁ・・」
 意志とは関係なく窄まろうとする秘扉の抵抗を削ぐべく、御剣の繊細な指が成歩堂自身に絡み付き、成歩堂は頭を振った。反応しかけている事を、知られたくなくて。
 成歩堂より数倍も素直な、芯の入り始めた欲望をやわやわと煽りたてつつ、御剣が言葉を紡ぐ。成歩堂は碌に聞いていなかったが、その旋律が確実に成歩堂の内側を侵食しつつある事は、総毛立った肌と、強くなった香りが証明している。
「知っているか? 成歩堂は、達した瞬間だけ特別な匂いを発散する事を」
「んなの・・知る、か・・っ」
 かぁっと項までをも紅く染めて、成歩堂がラグを鷲掴んだ。毎回毎回、絶頂の都度このまま死んでしまうのではないかと恐怖する位、大変な思いをしているのに、優雅に香聞きなぞやれる筈もない。
「そうか。確かに、知るのは私だけでいい。・・・私以外に、恩恵を分け与えたりしないでくれたまえ」
「ひぁっっ!」
 言葉こそは依願の形を取っていたが、敏感な肉棒の先端に爪を立てられ、最奥を鋭角に抉られながらでは命令と同義だと考えざるを得ない。
 しかし項に落とされる唇が。
 縋るかのように廻された腕の強さが。
「成歩堂・・・」
 何度も紡がれる名に潜んだ、一途な想いが。
 最後には、成歩堂をドロドロに溶かす。
 故に、成歩堂は微かに顎を引き。
 御剣が望む香りを醸し出そうと、悦楽に身を浸した。



→管理人よりお礼の言葉
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