短編・バトン

□やさしい時間
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「あなたの余命は残り後3ヶ月です。何をしますか?」

唐突にレポーターのような質問口調で話しかけられる。
面食らって一瞬言葉に詰まる私に、彼は一つ苦笑した。

「なんか、最近の本とか映画になって流行ってるみたいでね。」

そう前置きして成歩堂は種明かしした。
それらを見ていたく感動したらしい真宵君に、今日延々と話を聞かされたのだそうだ。
あらすじから感想まで含めて丸1時間ほどかけて。

余命数ヶ月と宣告された主人公。
彼女には恋人がいて。
限られた時間をどう過ごすか葛藤しながらも、最後まで恋人と寄り添うよう過ごすことを決める。
その心理描写が女性に共感して、涙を誘うらしい。

「なるほど君も絶対見てね!と言われたけど、ここまで知ってたら見る気しないんだけどね。」

そう苦笑しながら成歩堂は話す。
アールグレイを一口飲みながら、私は疑問を口に出した。

「結局、物語ではその主人公は亡くなるのか?」
「そこまで時間が進まないみたい。その心情がメインだからラストはそこまで描写されてないって。」
「それでは本当に亡くなるかどうか分からないではないか。」
「別に読者はそこに白黒つけたくはないんだろ。」

そのようなものか。
私としては結末がはっきり分からないものは、どうもすっきりせず落ち着かなくなるのだが。
そう言うと、成歩堂はお前らしいな、とまた笑った。

「で?最初の質問。御剣は何をする?」
「私が後余命3ヶ月だったらか?」

正直、健康には自信があるし、そういった想像はしたことがない。
とりあえず仕事は全て引き継ぐが。
その後は…。

「分からないな。」
「お前ね…。ホント堅物というか、想像力ないね。」

呆れたように成歩堂も紅茶のカップを傾ける。
大分少なくなった様子にもう一杯淹れようかと席を立つ。

「いいよ、お茶はもう。ありがとう。」
「そうか。」
「今のだけど、…ここは目の前に恋人がいるんだから、物語みたく一緒に過ごしたいとかなんとか言うべきじゃないの?」
「それは…。」

口ごもると成歩堂が明らかにムっとした顔を見せた。
何に機嫌が急降下しているのか、いくら鈍いと常日頃評される私でも分かる。
慌てて私は弁明した。

「だが…、一緒にいたいと言って。それで私はいいが、君は辛くないか?」
「僕?」
「私が段々と弱り、死に近づく様を側で見なければならないのだぞ?」
「…まあ、ね。」
「君に掛ける苦悩と負担を考えると、それは安易に頼めない。」

きっぱりそう言い切ると、成歩堂はまた笑った。
やっぱり堅物だと。
その笑顔が今日一番きれいに見えて、私は一瞬見蕩れた。
笑って細めた目の奥が、暖かに輝いてみえたからだろうか。

「…全く、仮定の話だっていうのに。」
「君はどうなのだ?」
「僕が余命3ヶ月?」

言われて、もの凄く嫌な響きだとぞっとする。
名づければそれは恐怖に近い。
そのような事態に陥ったら一体私はどうなるのだろう。
一瞬眉を顰めた私には成歩堂は気づかなかった様子で、顎に手を当てて考え込んでいる。

「うーん、御剣の今の考え聞いちゃったからなあ。…僕も分からないや。」
「君も人の事を言えないのではないか。」

散々人を堅物と言ったことを暗に返せば、成歩堂は指を突きつけてお前のせい、と責任転嫁した。
ちょっと拗ねたように言うその様子も可愛らしくて。
今度は私が笑って、成歩堂に顔を寄せた。
刹那、驚いた表情を見せたが大人しく成歩堂は目を閉じて。

引き寄せた唇からは紅茶の香りがした。
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