おいしい関係

□おいしい関係2
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何回目かの呼び出し音が鳴った後、私は携帯を切った。
向こうの電源は入っている。
私の着信に気づかないはずがないのに、電話もメールも来ない。

…全くいい度胸をしている。

私はコートと鞄を取り上げると、苛立ちを押さえつつ、足早に執務室を後にする。
地下駐車場から車を出すと、今日こそはと思い、成歩堂の事務所へハンドルを切った。




「み、御剣…。」

目の前には蛇に睨まれた蛙のような表情の成歩堂がいる。
思い切り顔が青ざめているところを見ると、私の表情に心当たりがある、ということだろう。

「久しぶりだな。成歩堂。」

殊更イヤミのつもりで私はゆっくりと言った。
ごくり、と彼は緊張のためか喉を鳴らした。
その仕草に、まるで法廷で追い詰めているような錯覚を覚える。
実際、彼にしてみれば究極に追い詰められていると感じているだろう。

…なにせ、あの初めて身体を合わせた日から1ヶ月、彼はことごとく私を無視していたのだから。

もっともこれで呑気に出迎えられでもしたら、私もどうしたか分からないが。

かといってこのまま膠着状態というのも不毛だ。
固まったまま動かない成歩堂に、私は口を開いた。

「久しぶりだな?」
「…ああ、うん、まあ。」
「随分と忙しかったのか?…なにせ私の電話もメールにも、全く返信がなかったからな。」
「ああ、うん実は、そうなんだよ。」

少し口調を和らげ、逃げ道を示唆してみせると彼は幾分ほっとしたように言葉を紡いだ。

「…ほう。どれくらい忙しかったのか教えてもらおうか。」
「え、ええと…。」

そして少し突っ込むと途端に口ごもる。

「貴様にここ1ヶ月裁判が入っていなかったのは知っている。法廷で全く顔を合わせていないしな。で?貴様は苦手な民事にでも手を出していたのか?」
「…。」
「でもそれにしても裁判所に全く申請や調停書類は提出されていないようだが?さて、一体何が忙しかったのだろうか?」

浅はかな返事をするからこうなるのだ、ということを知らしめるため私は立て続けに事実を交えて話した。
少々赤みが戻っていた顔色が、また青色に逆戻りしている。

「忙しいと貴様は先程自分から言ったのだ。私を無視するに値するだけの何かがあったのだろう?さあ、白状してもらおうか。」

じりっと一歩足を進め詰め寄った。
同時に、成歩堂の肩がびくんと揺れる。
だが、唯一の出口は私の背後にあり成歩堂が行けるところは何処にもない。
パニックになっているのか、何か言いたそうに口をパクパクとさせたが、得意のハッタリも浮かばなかったようだ。

「…時間切れだ。残念だったな、弁護人。」

成歩堂に密着できるくらい近寄った私は、拘束すべく自分の腕を彼の背中に回した。
久々に感じる彼の体温に、私も脅しのために作っていた眉間の皺を戻し、彼の瞳を覗き込んだ。

「さて、答えられなかった弁護人には…ペナルティを受けてもらうが?」
「い、異議あり。ペナルティって、ここは法廷じゃないし…!」
「私が貴様を裁いているのだ。当然だろう。…貴様は往生際が本当に悪いな。」
「し、承諾できるわけないだろ、何する気だよ!」

睨むのを止めたためか、多少成歩堂の威勢がよくなった。
…睨んでいないが、怒っていない訳ではないのだ。
表面の対応ですぐに騙される成歩堂に私は本当に呆れた。

「貴様に選択権はないのだ。あるとしたら、甘んじてペナルティを受けるか、それとも従順になるよう調教されるか、どちらかなのだが?」

片眉を上げてニヤリと笑ってみせた。
成歩堂の口が再び閉じられたのは言うまでもない。
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