ちい姫さまの恋事情
□鬼灯道
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私は今、ガタガタと揺れる牛車の中にいる。
そう、大納言邸に帰る途中だ。
今日もやっぱり、姉さまを振り切るのに苦労した。
朝に帰る予定が昼に、昼に帰る予定が夕暮れに、そして今は夕日がとうに沈んだ後だ。
さすがに二日続けて後宮に泊まることは出来ないと思って、渋る姉さまを必死に宥めてやっと出発したのだ。
それだけのことなのに、少しだけ疲労感が出てきた。
「お疲れですか」
同乗している女房が、心配そうな顔で私の顔色を伺う。
私は微笑んで、首を横に振った。
この女房は松風とは違う。
松風は何やらやることがあるらしく、この女房が帰りの付き女房として牛車に同乗した。
私より二、三歳年嵩の若い女房だ。
ただ最近から後宮に出仕しているようで慣れていない様子だった。
「姉さまを振り切るのが大変だったなぁって思っていただけだから、気にしないで」
「左様でございますか」
彼女も見ていたためか、思い出したように目尻を下げ口元を袖で隠した。
上品な笑い方をする。
後宮に出仕する女房らは、私みたいな公達の姫が多い。
ようするに作法の見習い的な何かで、宮仕えすることによってその姫に箔がつく。
だいたいそんなもの。