ちい姫さまの恋事情
□柾 路
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「眠れないのも無理はありませんね。普通の姫君では体験することのないあんな酷い目にあったのですから」
「……いえ、大丈夫で、す」
気遣う柾路さまに、気のきいた返事ができない。
もっと上手く話せたらいいのにと思うのに、耳に響く鼓動が邪魔をして言葉が綺麗に出てこない。
私は大袿を肩まで被り直し、眠ろうと試みた。
だが本当に眠気はやってこない。冴える意識が、廂間にいる彼のささいな仕草にも反応してしまうからだ。
諦めて、目を開ける。
警戒する意味で用意された松明に照らされて、御簾に彼の後姿の影が映りこんでいる。
ぼうっとそれを眺めていると、囁くような声がまた耳に届いた。
「何かお話を致しましょうか。姫君が退屈をされないような、お話を」
こと、と何か固い物が床板に置かれるような音が鳴った。
「そうですね……この朧太刀のお話でも」
「……是非、お願いします」
柾路さまの声が聞けるなら、なんでも良かった。
でも朧太刀、と呟いた彼の声はどこか無機物のように冷たく、寂しかった。すぐにいつもの温かい声音に戻ったので気にならなかったけれど。
柾路さまの持つ、朧太刀。
それは刃先が乱雑に欠けていて、太刀に必要なものが一切ない、それでも鋭利な切れ味のある実用できる不思議な太刀。
とても使えそうにない太刀なのに、何故普通の太刀と変わらず対等に扱うことができるのか私も少なからず気になっていた。
柾路さまの太刀さばきは、素人目で見ても一目瞭然。
それなら柾路さまに見合う太刀がきっとあるはずなのに、朧太刀を持つ理由とは何なのかしら。
いろいろ疑問を浮かべて、私はぽつぽつと話し始めた柾路さまの声に意識を向ける。
それは、私が想像できないような、柾路さまの過去の話だった。