ちい姫さまの恋事情

□柾 路
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丑の刻も近い時間。
秋虫の求愛の調べだけが夜を賑やかにさせている中、京の誰もが寝静まっているはずなのに、私は驚くほどに目が冴えていた。

その理由は未だ痛む右の足首や、有明の宮さまの邸で盗賊に攫われそうになったから、なんて言ったらきっと浮草は納得して同情してくれるだろう。

でもでも、そんな出来事、眠れない理由になんかならない。
むしろ体は疲れているはずだから、本来ならすぐに眠れるはずだった。



私は眠れないもどかしさに、頻繁に寝がえりを打つ。
だって、眠れるわけがないじゃない。



「姫君、眠れないのですか?先ほどから衣擦れの音ばかり聞こえてきますが……」



御簾の向こうに、柾路さまがいるのだから。









有明の宮さまの邸から我が邸へ帰る道中、柾路さまは細心の注意を払って私の乗る車を警護してくれた。
道中気遣うように声をかけてくれたり、できるだけ速度を上げて、大納言邸へと急いで帰れるように手配もしてくれて。


ついた途端、柾路さまは兄さまを呼ぶようにと浮草に言ったけれど、こんなときに限って兄さまは今夜は宿直だった。

兄さまに文でも使わせたら飛んで帰ってきそうだけれど、さすがにそれはいくら私でも出来ない。
浮草の助言で今夜はもう休むことにして、柾路さまに深くお礼を言い帰るように勧めると、柾路さまは私が心配だと言ってくれた。


「このまま姫君をおいて帰ってしまったら、私はきっと心配で寝れなくなってしまうでしょう。ですから、私でよければ姫君の宿直をさせていただけないでしょうか」


そこまでしてもらう価値なんて、私にはなかったはずなのに。
優しい声音が胸に響いて、切なくなった。

本当は心細い夜に、一緒にいて貰いたかった。
もう帰ってしまうのかと思うと、私を抱きあげてくれた腕を掴んででも引きとめたくなった。

でもこれはわがままだから、言えなくて。



柾路さまはいつのまにか、不安で仕方ない私を安心させてくれる強い存在になっていた。




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