其れ華番外編集

□薫る茴香
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「女御さまは……必ず皇子(みこ)をお産みできますか」


「……皇子?」


「それも、東宮となられる皇子を。必ずお産みできますか」



式部郷宮は壮年のわりに老けた細目で、御簾の奥にいる茴香を見据えた。
その視線が、茴香の信条を揺らす。


そんなことを、言われたって。
身ごもる気配もないのに、産みますなんて断言できない。
それも、東宮をだなんて。


茴香は煮詰まり、何も言い返せない。



「お産み出来ないとは言いませんが、されど必ずとは言いきれない」


「…………」


「女御さまの他に后がいる方が、皇子が産まれる可能性が高い。それはあなたさまもお思いになられますでしょう」


何も言い返せないのを良いことに、式部郷宮は茴香を攻めるように言葉を投げかける。

茴香にはとても受け止められない言葉だ。


ここで頷けば、自分の他に后を迎え入れることになるし、首を振れば国がどうの、帝がどうのと女御としての責任を問いかけられるだろう。


茴香は女御としての威厳を持って、式部郷宮に答えた。


「皇子を産むにあたっては、后が多い方が良いでしょう。ですが、わたくしは主上の意志を尊重したいのです」


式部郷宮が御簾越しで感じた彼女の姿は、どこか薫としての存在感があった。
意思が強く、その力強い瞳で人を魅せる。

この御簾を取り払って、見てみたいとも感じた。



だがその"薫"という存在は、式部郷宮にとって大いに利用出来る存在でもあった。
それが男として生きていた茴香の、最大の弱点だからだ。



「男として生きていた女御さまに皇子が生まれますやら」


「…な、にを……」


式部郷宮の発せられた言葉に、先程まで威厳ある物言いをしていた女御は声を小さくして動揺した。

式部郷宮はそれを逃さない。


「つい最近まで男として生き、主上までもを騙していたあなたさまに、皇子が生まれるかと心配しておるのです」


「……っ、」


「もし男皇子が生まれ、将来帝になられるとして、偽りの姫君の皇子が皆に受け入れられるでしょうか」


茴香は瞠目した。

"偽り"。

薫として生きていた時に、蓄積されたその言葉の重さが今も消えてはいない。
これは一生消えないだろう。


最愛の夜鷹を騙して、傷付けて、突き放した自分が今ここにいるのは。
…夜鷹が許してくれたから。


そばにいることを、本当の自分を必要としてくれたから。




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