其れ華番外編集
□其れは芽生える若木の如し
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「どうか……されたのですか」
庭先の方から少年の声が聞こえ、添木は顔を上げた。
土を蹴りながらこちらへ走ってくる少年は、添木よりも少し年嵩だ。そして元服もまだなようで、狩衣を身に纏っている。
「あなたは……見かけないお顔ですね」
近くで添木を見た少年は、誠実そうだ。
「あ……今日から四の君さまにお仕えする添木と申します」
添木は慌てて立ち上がり、深く頭を下げる。
少年はあぁと声を漏らした。
「弁の君のご息女ですね」
弁の君とは添木の母の通り名だ。それなりに右大臣家で通用する名を持つ母に添木は感謝した。
「えぇ…あなたさまは?」
「これは失礼致しました。私の名は木元靖彦と申します」
「木元…さま」
「靖彦とお呼びしても構いませんよ。さ、添木殿。西の対へとお連れ致します」
「は、はい」
靖彦は階を上がるなり、自分の沓を持ち添木の手を引いて歩き出した。
それが、彼との出会いだった。
聞けば彼は南国の国司の息子で、理由があって右大臣家に仕えていたのだそうだ。
彼は優しい性格で、主君には真面目に仕える人だった。
それ故添木と気が合い、何度か逢瀬を重ねる内に恋仲になり、許嫁となった。
でもそれは、ほんの短い夏の間だけの話だった。
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「靖彦さまは元服と共に父上に呼び戻され、右大臣家を去ったのでございます」
「そうだったの……。そんな大事なこと、どうして言ってくれなかったの?」
「もう十年も前の事ですよ?何年も音沙汰なく、噂も聞かなければ想いも冷めましょう。姫さまにお伝えするまででもありません」
冷ややかに、添木は幼い日の思い出を拒絶した。
だが茴香には分かる。添木は今だって、その想いを引きずっていることを。
読んだ文を見る目は、愛しそうにしているのだから。
「茴香」
添木と茴香が対峙しているそこへ、主上が御簾を上げて入ってきた。
どうやら抜け出したのではないらしい。証拠として蔵人の影が御簾の外にある。
「主上……今日はお早いのですね」
添木は文と枝を袿の中へとしまうと、主上の前にあった几帳を部屋の隅へと移動させる。
愛しい茴香の姿が見えた主上は、顔を綻ばせた。
「茴香に早く逢いたくてな」
「主上……きちんとお勤めは」
「してきた」
茴香の咎めもなく、今日はどうやら蔵人の公認のようだ。
添木は気をきかせ、廂間へと席を外す。
新婚の若い二人とそのままそこにいては野暮というものだ。