其れ華番外編集

□梦に舞う胡蝶の如し
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「なぁ、薫。瀬名國満という男を知っているか。」

夜鷹のいきなりな質問に多少困惑しながら、薫は記憶を手繰った。

「…確か、参議として仕事をされながら、大歌所の役人もされている、笛の名手、でしょうか。」

薫の答えが期待通りだったらしく、夜鷹は嬉しそうに頷いた。

「そうだ。その國満と、是非音合わせがしたいのだが、お前はどう思う。」

珍しく夜鷹の口から「音合わせ」と聞いた薫は、僅かに驚きつつ苦笑した。

「さあ。相手の方がいいと言われたら、いいんじゃないでしょうか。…ですが若宮、なんで急に音合わせを。」

薫の率直な疑問を聞いた夜鷹は、心外だと言わんばかりに顔をしかめた。
「お前が知らないだけで、俺だってちゃんと楽器のたしなみはある。名手といわれるものの音に、自分の音を乗せてみたいと思うのは、当たり前だろ。」

もっともらしい夜鷹の返事に僅かに驚きながら、薫は相づちを打った。

「確かに…理にかなってないこともない…ですね。」

「そこでだ、薫。お前に頼みがある。」
夜鷹がやけに真剣なので、薫は少し驚きはしたが、口端を緩めて、わざと恭しく一礼をした。

「若宮様の仰せのままに…」

薫の姿を見ながら夜鷹も口元を緩め、先程よりも幾分も柔らかい雰囲気で口を開い
た。

「お前、篳篥(ひちりき)を吹いてくれないか。」
「篳篥…ですか。」

確かに、横笛、篳篥、笙の三管で奏でる曲は多い。
その中でも篳篥は主旋律を奏でる楽器なので、欠かすことはできないのだ。

少し考えて、薫はゆっくり口を開いた。

「…たしなみ程度の腕前しかないですが、よろしいですか。」

薫の言葉に、夜鷹は満面の笑みを浮かべた。

「上出来だ。」

音を聞いていないのに上出来といえる夜鷹を不思議に思いながら、薫はとりあえず頷いた。

「あともう一つ、今から俺が書く手紙を、参議殿に届けてはくれないか。…使い走りにするつもりではないぞ。」

目で抗議したのが伝わったらしく、夜鷹は慌てて付け加えた。

「いきなり知らない人間に囲まれての音合わせじゃ、相手が緊張してしまうだろ。だから、先触れの役割を果たしてくれないか。頼むっ。」

夜鷹が頭を下げるのを見て、自分はいったいどれだけ偉いんだと自嘲しながら、薫は小さく微笑み、頷いたのだった。


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