其れ華番外編集
□梅の花は散らない
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梅の花は散らない
俺が好きだったやつは、あいつを愛していた。
二人は相思相愛で、でも彼女は侍女。
身分が違うためにお互い気持ちを言えなくて。
彼女は瘧(おこり)という病をこじらせて、亡くなってしまった。
あいつ――宵隼は、彼女の最期を看取った。
医者にもう駄目だと宣告され、今にも儚くなりそうな彼女の手を握り、必死で叫んでいた。
「梅花、うめか…っ!死んだら駄目だ、梅花…!!」
「と…ぐう、さま…」
意識がはっきりしないだろう、彼女は、小さな声で呟いた。
「いつか……帝におなりになるときは…、ご自分を、忘れないで…くださいね……」
「梅花……?」
「梅花は、ありのままの春宮さまが……好きです、から」
「う…ん。約束する、約束するから…っ」
梅の花のように、淡く朱色に染めた頬に、彼女の涙が溢れる。
身分が故に実らなかった恋。
果たして、身分相応の俺なら実ったのだろうか。
愛おしそうに宵隼の頬を撫でる彼女と、悲しみを堪えて笑う宵隼を見ていれば、そんなの考えるだけ無駄だと分かった。
二人は愛し合っている。
どうして彼女は死なねばならなかったのだろう。
人はこう言う。
身分違いの恋をした罰、春宮を慕った罰だろうと―――…。
「梅花、ぼくは…君が…」
彼女は力なくさまよわせた手で、宵隼の唇に触れる。
言うな、と。
「春宮さま…、お慕い…して、」
「うめ、か……?」
そこで、彼女の手がくずおれてしまった。
息絶えた彼女の顔は美しい。
まだ、安らかに眠っているようで。
冷たくなった手を震える手で握る宵隼は、押し殺した声で泣いていた。
「梅花…、梅花…っ!!」
彼女は何も答えない。
俺の目からも、水が一筋流れた。
あぁ、どうして神はご慈悲を下さらなかったのか。
彼女が死なずとも、俺は、彼女が宵隼と一緒になることを望んだのに。
「どうして…っ好きだって、言わせてくれなかったんだ…っ、どうして…!!」
それは、罰を甘んじて受けた彼女のわがままだったのだろう。
気持ちを言えないままであれば、その悔いは一生残るはずだから。
彼女は宵隼の心を、縛ってしまったのだ。
宵隼の心に、梅の香りを残して。
一生消えない思いを、抱かせたまま。
彼女は深い眠りについた。