其れ華番外編集

□1頁完結短編集
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穂高と添木で七夕





「穂高殿、今日もお忙しいのですか?」

まだ夜も明けぬ早朝。
後宮の局で一晩明かした穂高の衣を用意しながら、添木が訊ねる。
単を整えていた穂高は振り向いて疲れたように頷いた。

「今日は乞巧でんだ。そう簡単には休めまい」

「そうでしたわね。内裏の女房たちも縫い物やらお召し物の用意やらで忙しくしているのでしたわ」

「あぁ。だが俺よりも主上の方が忙しそうにしている」

添木は茴香に会えないと嘆いている主上の顔がありありと浮かんだ。

秋も少し過ぎた頃のこの宮中行事は、内裏と大内裏も総出となって忙しくなる。
穂高も例外なく忙しいらしい。

「今日は一年に一度、運命の人との逢瀬だというのに…こうも忙しくては雰囲気もありませんわね」

添木が浅葱色の直衣を羽織らせると、穂高は袖を通したその手で添木の腕を引いた。すると重力に逆らえない添木の体は引かれるままに傾いて、穂高の胸へと収まる。

「今の言葉、俺に会えなくて寂しいと訳したが、どうだ?」

「……ご自分に都合の良いように捉えられていますわ」

「そうか、寂しいか」

「そんなこと、一言も申しておりません」

添木は怒ったように自分を抱いていた腕を振り払うと、穂高に着せた直衣の首元にある受緒を蜻蛉(とんぼ)に引っ掛けた。
軽く穂高の胸を叩いて、出来ましたわ、と素っ気なく呟く。
いつでも出仕できる姿になった穂高は、不満そうにあぁ、と返した。

「お前が受緒を外せばまだいられるぞ」

「いつまでもこちらにいられては困ります」

「どうしてこうも俺の妻は律儀なのだか。他の女は梃子でも止めてくれると言うのに」

「わたくしは他の女と違……他の女のもとへ通われているのですね」

添木がはたと気付いて、穂高を見上げた。
穂高は何食わぬ顔で、添木の睨みがきかないようだ。

「そうだと言ったら?」

穂高が抑揚のない声で添木の顔を覗くと、添木は顔を逸らした。

「仕方がないので…別れてやります……」

声音が震えている。
本人は分からせまいとしているが、相当な衝撃を受けていることに穂高は気付いていた。

これだから、根も葉もない嘘をつきたくなる。
こうでもしないと、添木の気持ちを確認出来ない自分に嫌気がさしたが。

「添木、こっちを見ろ」

添木の顎を優しく自分の方へと向ける。
穂高は添木の顔に思わず破顔してしまった。

「俺に女がいたことがそんなに嫌か」

「別に…あなたなんか…」

「安心しろ。俺の女はお前ひとりだ」

添木を安心させるように、触れるだけの口付けを与えると穂高はまた微笑んだ。
添木の強張った顔が、緩んだから。本当に、可愛くて愛しくていじめたくなる。

「今日は帰ってきたら共に星でも眺めようか」

「…はい。お待ちしております」

「その後覚悟しておけよ」

「はい。……って、え?」

彼の意地悪はまだまだ慣れない。
添木が聞き返したことに穂高ははぐらかすと、妻の額に口付けを落として外へと消えてしまった。

その場に残された添木の頬は、赤く火照らされて膨らんでいたとか。


終。


――――――――――――*****


アンケートで添木と穂高が人気なので、二人で七夕記念小説を書いてみました。
もうなんだこいつら。
甘い、甘すぎるぜ…。

しかしまぁ、乞巧でんのでんという漢字が出ない出ない。
いくら変換しても出ないのでひらがなのままにしてやりました。くそ、この現代の利器が!←

楽しんで頂けたらと思います。
次は主役たちの甘いのを書かねば彼らが可哀想だ…。
むしろ夜鷹が可哀想…←



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