其れ華番外編集
□茴香、里帰りするの巻(3)
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春を迎えた内裏は、桜の花びらが舞いうららかである。
先ほど、里帰りしていた藤壺の女御が無事出産した。
生まれたのは玉のような可愛らしい男皇子で、どこも不自由はなく健やかな赤子だった。
そんな知らせを、赤子の父親である帝は内裏の清涼殿で受け取った。
公務の真っ只中に。
「穂高」
右大臣邸の使者からそれを聞いた夜鷹は、無表情に穂高を呼ぶ。
はい、と立ち上がり側に寄ってきた穂高の肩を、がっちりと夜鷹は掴んだ。
「俺の子が生まれた!」
「存じておりますが」
恐ろしいものを見たかのように穂高に言えば、穂高は肩に置かれた手を無造作に払いのけた。
そして懐から一枚の料紙を取り出して、帝に見せる。
「添木からすぐに文がきたからな。いつ言おうかと機会を逃していたところだ」
「父親である俺より情報が早いなんてあんまりじゃないか!しかもそれを早く言え!!」
「いや…主上にとっては正式に使者から聞いた方が良いだろうと思って」
「お前のそんなところ、特に嫌いだ」
「それは光栄です主上」
ふてくされた夜鷹は褒めてない、と呟くと立ち上がった。
自然と夜鷹を見上げる形になる穂高。
「いかがなされました主上」
「いてもたってもいられないのだ。今から茴香に会いに行く!」
「寝言は寝て言え。お前にはまだ山ほど仕事が残っている。公務が終わるまで3刻ほど、そのあと各大臣と政についてながーい話が待っている」
文机にあった書簡や文献をぽんぽん、と叩いた穂高は意地悪い顔をしていた。
彼はあくまで蔵人。
主上の補佐的役目を果たすためなら、どんなに主上が嫌がっていても手段を厭わない。
「い や だ ー !」
「嫌だじゃない、俺だって我慢しているんだ。お前に付き合わなきゃならんからな」
何を我慢して、と夜鷹が口を開きかけたが穂高に座らされ、墨を吸った筆を持たされた。
「藤壺の女御さまが帰還されるのがご出産されてから十日後。母子共に安定してから主上に会われるのです。それまでは大人しくご政務に励んでいただきますよ」
「……くっ」
正論を言われては逆らえない。
夜鷹自身も、自分の身分を弁えているはずだった。
分かってはいるのだが、心がはやるのだからしょうがないではないか。
あぁ、早く茴香に会いたい。