其れ華番外編集
□薫る茴香
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今上帝に藤壺の女御茴香が入内してから数ヶ月。
後宮は女御が一人のためいさかい等が一切なく、穏やかな雰囲気に包まれていた。
というのもこの帝、珍しいもので后は一人だけしかいらないという変わった御世を築き上げている。
どのような有力貴族の姫を入内させようとも、断られるばかり。
もしくは、その貴族が制裁にあっていた。
ともすれば、大事なのは皇太子(ひつぎのみこ)が生まれなければならないということだ。
帝が数多の女御・更衣を持つ理由の第一は、世継ぎを生ませるため。
その為の後宮であるが、女御が一人としては皇子(みこ)を身ごもるどころか、それが男皇子である可能性が極めて少ない。
臣下たちはそれを懸念していた。
「つまり……あなたの姫君を入内させたいのですか」
茴香は何を言われたのか理解するために、先ほど言われた言葉を復唱する。
ここは藤壺。御簾を隔てて座るは式部郷宮(しきぶきょうのみや)。
主上の父院の弟で叔父であると同時に、茴香の母方の叔父にもあたる人物だ。
薫の時に何度か会ったことはあるが、茴香になってからは初めて会う。
式部郷宮は皺が深く刻まれた顔でゆっくりと頷いて見せた。
「左様にございます」
「分かっておられるのですか。女御であるわたくしにその様なことを仰ると言う意味を」
「存じております」
このようなことがあろうか?
女御に自分の姫を入内させるよう願い出るとは。
もちろん論外だ。
「ならばお分かりでしょう。わたくしは主上の嫌がることはしたくないのです」
茴香は檜扇をぱちんぱちんと苛立つように閉じたり開いたりしている。
いきなり対面したいときて、挨拶だけで済むかと思いきや。
まさかこんな事を言われるとは思わなかった。
他の后はいらないと主上が言うのならば、いらないのだろう。
茴香も他の后がいつ増えてもおかしくないのは分かっていたが、今の現状に安心していた。
主上……夜鷹が他の誰かのもとへ渡る日がくるのを考えたら、胸が痛くなって泣きそうな思いがした。
けれどやはり彼は帝で、数多の后がいてもそれが当たり前なのだ。
茴香も、それは覚悟しているつもりでいた。
けれど彼が自分しかいらないと言うのだから、それを信じるしかなかった。
後宮に居座る身になってみれば、その信条が少し揺らぎつつあることに茴香は気付いていなかった。