其れ華番外編集
□茴香、里帰りするの巻(1)
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新年を間近に控えた内裏は、慌ただしく年越しの準備に勤しんでいる。
そんな中、藤壺の女御である茴香の里帰りが決まった。
帝との折り合いが悪いということではなく、身重の彼女が出産の為に里に帰るということだけだった。
出産はめでたいことにしろ、出血などするために穢れを生む。
内裏を穢すわけにはいかないので、女御は里帰りするのだった。
だが、納得しない男がひとり。
「どうしても帰らなければならないのか?」
清涼殿に里帰りの挨拶に来た茴香は、大分大きくなったお腹を抱え、苦笑した。
目の前でふてくされている青年の顔があまりにその身分に相応しくなかったためだ。
出産の予定は春。
あと2ヶ月ほどで臨月になり、余裕を持って右大臣邸でその時を待つために、茴香は帰らなくてはならなかった。
「仕方ありません、主上。これは決まっているのですから」
「……決まっていたとしても、」
主上夜鷹は上座を下り、茴香を抱き寄せた。
「お前がいなくては、寂しいのだ」
まるで母が恋しい子どものように、離すまいとして夜鷹の腕に力が入る。
それは、茴香にとって心地よい温もりだった。
「いつまでもそのようでいては、この子の父として務まりませんよ」
「分かっている。俺が我慢すれば良いのだろう。……こうやって抱き締めていられるのも、今日までか」
「またいつでも出来るでしょうに」
茴香は夜鷹の肩に頭を預けて目を閉じた。
本当は自分だって寂しい。
初めて体験する、出産が怖くないはずがない。
その時力強い、心強いあなたがいなくては。
「添木、あれを持ってきて」
廂で侍っていた添木は頷いて、とある物を持ってきた。
「どうぞ、姫さま」
「ありがとう添木」
添木はそれを茴香に渡して、再び廂へと戻った。
「これは……」
添木が持ってきたそれは、香炉だった。
茴香が薫だった時から使っている、衣に香をつけるための香炉。
そこから、染み付いた茴香の香が薫った。
「わたくしがいつも使っている香炉です」
「……お前の匂いがするな」
夜鷹はそれを受け取り、彼女の一部である香の薫りがすることに嬉しく思った。
「わたくしがいない間、これをそばにおいて下さい。"茴香"の、薫りがしますから」
「あぁ、お前に免じてこれで我慢する」
夜鷹は微笑んで、嬉しそうに香炉を撫でた。
それを見た茴香は、夜鷹の胸に顔をすりよせる。