其れ華番外編集

□初めに香る華の如し
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兄さまは私の救いだったの。







初めにる華の如し




「初香。あなたはこれからお父さまとお暮らしになるのですよ」



病に伏せた母が言った。
私が身を寄せていたのは、母の里。


月に一度、来るか来ないかのお父さまのもとへ私は引き取られる事になった。
まだ、八つの時。


お父さまは右大臣という大層高貴な役職についていた。
そのお父さまのもとで、母は仕えていた。

母はただの女房で、お父さまの北の方でも側室でもなかった。
だから身分の卑しさに、己を哀れんで身重の体で里帰りしてから、そのまま右大臣邸に戻ることはなかった。



「お前はあの方の生粋の姫なのにこんな侘びしい暮らしをさせてしまってごめんね…」


床に伏せた母が言う。
まだ頑是ない童だった私は、ただうんということしかできなくて。


母が息を引き取ったその日、お父さまが私を迎えに来て下さった。
お父さまはとても優しい人。
いつも私の事を可愛がって下さって、気にかけていた。



「お前の他に姉君が幾人かいるが、どうか仲良くして欲しい」



そう言ったお父さま。

けれど、こんな私の為に三の君姉さまのお部屋を移して下さった事がいけなかったのかもしれない。



御簾の掛かった簀の子を、お父さまについて私はきょろきょろしながら歩いてゆく。
…視線を感じながら。




御簾の奥からひそひそと、声が聞こえる。


「ご落胤の癖に、なぜ私が部屋を変えなくてはならなかったのかしら」


「卑しさが移ってしまったら嫌ですわね」


「只でさえお父さまは茴香に手を焼いているというのに」



幼い私はただ恥ずかしくて気が滅入りそうになった。


どうして私はこんなところにいるのだろう、場違いだわ…。
顔を下げて歩くしかなかった。



右大臣邸に移って暫くした後、この屋敷には姉さま方が四人と、兄さまが一人いることが分かった。


お父さまは"姉君が幾人か"としか言わなかったから、兄さまがいるとは思わなかった。





「初香姫さま、お客様がお見えになられています」



お付き女房の千倉<ちくら>がひょっこり顔をだす。
二つばかり年上だけど、とてもしっかりしてて頼りになる。
何より、心細いことを察して優しく気を遣ってくれるのが嬉しい。



「はじめまして、初香。兄の薫だよ」



千倉があげた御簾から入ってきたのは、姫と見紛うばかりの美しい人だった。







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