其れ華番外編集

□其れは芽生える若木の如し
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「添木さん。文が届いておりますわ」


右大臣家深層の姫君、茴香が入内して三月と十日。
同じく藤壺の女御付きの年若い女房が、添木に声をかけた。
女房の手には、若葉を思わせる浅葱色の文。その上に、ぽつぽつと緑の葉を付けた小枝が手折られている。


「都外れの使いの者でしょうか。見たことのない男童(おのわらわ)でしたわ」


「……そう。ありがとう」


添木は文と小枝を受け取ると、年下の女房を局へと下がらせた。
自分はというと常に女御の傍に侍(はべ)ているため、そのまま女御の元へと戻る。


ゆっくりと歩く添木は文を物珍しく見つめた。


主である茴香に文がくるなら分かるのだが、己にくるのは珍しい。
いや、恋文ならそれなりに来ていたが、こんなに立派な物ではなかった。


「添木、どうしたの」


どうやら添木は文に意識を奪われて目的の場所へ着いていたことに気付かなかったらしい。
茴香の声ではっ、と顔を上げる。


「申し訳ございません、茴香さま。呆けておりました」


「それは珍しい」


茴香はくすくすと美しい所作で笑う。
ふと視線を上げてみれば、添木の手元に文があるのが分かった。


「添木は文を貰ったの?」


「えぇ、先程」


「恋文かしらね」


添木は腰を折り、文と小枝を膝元へ置く。
茴香はそれを興味深く観察し、暫くしてからあぁ、と声を漏らした。


「姫さま?」


「添木。それは間違いなく恋文だと思うわ」


「どうして、ですか……?」


添木が訪ねると、茴香は小枝を取り慈しむようにそれを撫でた。


「添木の頂いた文には、これが添えられていたのでしょう?」


「えぇ、そうですが……」


「文に枝…木を添える。故にこの枝は添木。洒落ていて素敵だわ」


「わたくしの名前……でしたの」


添木は不思議そうに、茴香から枝を受け取った。
よほど添木への想いが強いのだろう、添木が今まで貰った文の中でこのような文はなかった。

例えば春ならば梅の花だとか、秋ならば紅葉の葉だとか。


己の名を意識してくれた人は薫の時の茴香ぐらいしかいなかった。
だから少し、自ずと口が弧を描く。


「薫のわたくしでも……それは思い付かなかったと思うわ。
"あなたの名前のように、私は君に添い遂げたい。でもまだ君には会えない。だからこの枝を私の代わりに預けておくよ"
……差し詰めこんなところかしら」


「う、茴香さま……っ。薫さまの声でそのような事を言わないで下さいまし……」


「わたくしもまだまだ現役ね」


茴香は添木に向かって、薫の時のような不敵な笑みを作った。




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