其れ華番外編集

□そばにいて。
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それは、春うららかな日。


ここは、帝の最も愛す女性のいる藤壺。
いつものように慌ただしい足音が聞こえてくる。




「失礼する」


男性らしい低い声が廂間から聞こえた。
御簾の内側で猫を撫でていた藤壺付きの女房添木は、その声の影を見て返事を返す。


「はい、なんでございましょう」


「こちらに主上はいらしているか」


その口振りに聞き覚えがあった添木はゆっくりとした所作で立ち上がり御簾を上げた。


普段なら主上以外の客を易々と御簾の内へと招き入れることはない。

だが、状況が状況なだけに添木はそれを承知でしていた。


「…蔵人殿も大変ですわね」


「まったくだ」


蔵人、と呼ばれた青年は背を曲げて御簾の内へと入る。添木はそれを確かめると御簾を下ろした。


「主上ならいつものところに」


穂高は奥の方にある御帳台を一瞥した。
そして声を張り上げる。


「主上。主上!そこにいらっしゃるのは分かっているんですよ!…良いから早く出てこい」


語尾は低く命令口調。それもそのはず、主上は言うことをすぐには聞かない。


穂高はずかずかと奥まで足を進め、御帳台の中を暴く。



「何だ穂高。今良いところだったのに」


不愉快だとばかりに、主上は穂高を睨みつけた。その横には顔を赤くしている女御の姿があった。

穂高が見るからに、後少しというところだったらしい。


「昼間から盛るなよ、夜鷹」


「な、何もしていません…!」


呆れた穂高に慌てて抗議したのは女御の方だ。少し乱れた身嗜みを整えている様を見ると説得力がない。


「最近さぼるようになってきてお前の兄君に似てきたぞ。どうしてお前等は俺に手を焼かす」


「うるさい。少し休憩のつもりで立ち寄ったんだ」


「それにしては長居をしたご様子で。おや茴香姫、肩がはだけてますよ」


穂高はにやりとして茴香を見た。
別にそれらしき場所はどこにもないが一応共犯者ということで少しは辱めてやりたい。

茴香はきょろきょろと自分の姿を確認したが大丈夫なようなので安堵する。

だがそれさえも見せたくない夜鷹は立ち上がり、穂高の背を押し出した。


「見るな!茴香、また夜に来る」


「え、えぇ…お待ちしております」


茴香は御帳台から力なく手を振り、穂高を押して出ていく夜鷹を見送った。






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