其れ華番外編集
□優しい樹に抱かれて
1ページ/1ページ
こんにちは。わたくし、薫さまにお仕えしている女房の添木と申します。
わたくしがこの右大臣家に雇われたのは、わたくしが12歳の頃。
四の君さまとは乳姉妹ですわ。
何故、四の君さまではなく茴香さまにお仕えしているのか、ですって?
それは、わたくしが四の君さまのお話相手をしていた時。
「姉さま」
と横から四の君さまを訪ねてきたのが茴香さまでござりました。
この頃、茴香さまは齢5歳。本当に可愛らしいお姫さまでした。
四の君さまと多少お話した後に、茴香さまはこちらを振り向かれました。
「あなたの、お名前は?」
「添木、にございます」
そして茴香さまはこう耳打ちします。
「姉さまといて楽しいの?」
わたくしは驚いてしまいました。正直、四の君さまは自尊心が高く、我が儘でございましたからあまり楽しくはありませんでしたの。
「わたくしと遊びましょう?あなたをひまとは言わせないわ」
そう、茴香さまは続けて耳打ちなさいます。
この自信に満ち溢れた姫さまに、わたくしは心を奪われてしまいましたわ。
そうして四の君さまの乳母である母に願い出て、茴香さまにお仕えさせて頂くことになったのです。
茴香さまは姫であらせながら、身の周りのことは一通りご自分でできるお方でした。
着替えのお召しに衣の繕い方、お櫛の整え方やら掃除の仕方。
幼いながら、このお方には何でも出来、何でもすぐに身につけるお方であるとわたくしは思いましたわ。
そう考えるとわたくしはやる事がなく、暇だと思われそうですが、姫さまといると不思議と退屈ではござりませんでした。
あの日も茴香さまとわたくしは簀にて囲碁をしておりました。
その時は茴香さまは7歳。大変聡明にお育ちであらせました。
ふと外を見た茴香さまは、すっくと立ち上がります。するとそのまま垣根の方をじっと見て動きません。
「如何なさいましたか、茴香さま」
わたくしは確かこう訊いたと記憶しております。
姫さまは「何でもない」と呟いて残念そうな面持ちで再び囲碁を打ち始めました。
「あのね、添木」
「はい。何でござりましょう」
「さっき、とても綺麗な男の子がいたの」
「……まぁ。ではお顔を見られたのですか?」
さっきとは垣根の事でしょうか。殿方が垣根から垣間見ることが貴族の風流でしたから、それほど珍しくはありません。
「目が、合ったの」
「それは…素敵な若君でしたの?」
「うんっ」
お顔を赤くされた姫さま。それが恋とは露知らず、大変お可愛らしいお姿でした。
あの時の事が、大きくなられた茴香さまにとって、大変関わりの深い事になろうとは、わたくしみじんにも思っておりませんでした。
わたくしは今も薫さまにお仕えさせて頂いています。
それはこれからも変わりません。薫さまが、わたくしをいらないと言うまでわたくしはついてゆこうと思っております。
「添木は、良い名だね」
薫さまが言います。
「…良い、名ですか?」
「木に添える。これは例え話だけど……木は私。添木はいつも私に寄り添っている」
「…嫌、ですか?」
「いいや。添木、これからも先、ずっと。私といてくれ。不甲斐ない私だけれど、添木がいなくては独りになってしまう」
「わたくしからあなたさまを離れようとは思いません。ずっと、お仕えさせて頂くつもりでございます」
そう、ずっと。これからも。
*********
うわ、長っ。我慢しきれずこんなとこで番外編(笑)
添木に投票して下さった方へ。
3月に「薫る華と夜の鷹」で載せた添木さん番外編。
結構お気に入りかも。