ちい姫さまの恋事情
□鬼灯道
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他に連れていた車副(くるまぞい)の者もいつの間にかいなくなっているようだ。
暗い牛車の中で、私と女房は手を合わせて震えた。
「お、おお落ち着いて、姫さま」
「あなたが、落ち着くのよ」
お互いに宥めはするものの、恐怖心ばかりが募る。
外に出るのは危険で、とてもそんな勇気は出ない。
女二人ばかりが身を寄せ合って恐怖にうち震える様は、牛車の中にいては誰にも見えない。
とりあえず、声を出さなきゃ…。
「だ、誰か…誰かおりませんか…!!」
ガタン!!
声を出した瞬間、いきなり牛車が揺れ動いた。
前に進むための揺れではなく、何かが牛車に重みをかけたための揺れだ。
「きゃ……っ」
「誰かいるかいないかと訊かれたらいると答えるしかねぇな」
聞いたこともない低い男の声が聞こえ、簾が瞬時に切り捨てられた。
それと同時に松明の火で目が眩む。
それに慣れてきた瞳に移ったのは、逆光に照らされる男の姿だった。
「おー、これはこれは。可愛らしいお姫さんじゃありませぬか」
身の丈は父よりも大きく、体格ががっしりしている。
年は二十を過ぎた頃だろうか。
今時ではありえないくらい短髪の黒髪で、切れ長の瞳。格好は夜に紛れる檜皮色の狩衣だ。
男は私たちを舐め回すように、品定めの如く眺めた。