感謝小説
□従愛
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「お前、今一人なのか?」
長い間消息を絶っていた身内に逢えたのだ。聞きたい事はたくさんある。
今まで何処にいたのか。
何をしていたのか。
何故、家を出ようと思ったのか。
どうして、何も言ってくれなかったのか。
この数年で溜まりに溜まった疑問を、無理矢理心の中に捩じ伏せて、現実にいる弟との確かな繋がりを求めた。
「えぇ。仕事が終わって、その帰りです」
長年姿を隠した気負いもなく会話に応じる直江だが、もし過去を知る人間と偶然にも再会したならば、二度と顔を合わせる事の無いように、適当にかわすなどして手段を講じている。
しかし、今回ばかりは兄の気持ちを酌んだのか、望まれるがままに誘いを受け取った。
「なら丁度いい。こんな所で立ち話もないだろう、俺が泊まっているホテルまで来ないか?」
相変わらず人当たりのいい笑みを浮かべる義明を感慨深く思いながら、照弘は多少強引と思われようが自分のペースで弟を促す。
昔から家族の──特に自分からの誘いは断らない子だった。
その流れか、良い事にも悪い事にも付き合ってくれた弟だが、今でも後ろを付いてきてくれるのかと思うと、純粋に嬉しく感じる。
「構いませんが…兄さんの浮気現場を目撃する羽目になるのだけは御免ですよ?」
「随分不名誉な心配だな、そんな事あるわけないだろう?」
未だに女関係がだらしないと思われている発言に、照弘は肩を竦めて否定した。
実際、ある一定の時期を過ぎた頃から、傍目には家庭第一の男として振る舞っていたが、その事実も真意も義明は知らない。
そしてそれは、これからも知られてはならないのだ。
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