題目
□逢瀬
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裏切られても まだ、嫌いになりきれないのは……何故だろう。
""""""""""逢瀬""""""""""
「小飛……」
これまでと同じ、痛い程優しい声音で、その男は己を呼ぶ。
「……雷英、また来たのか」
自分を『黒龍』の椅子に無理矢理縛り付けておいて、本人もまた黒党羽(ヘイタンユイ)若頭の名を預かっている、この男。
罪悪感も忙しくもないのか、いとも簡単に黒龍屋敷へと顔を出しに来る彼には、ある種の称讃すら感じていた。
「そう仰らずに。雷英大人は『小黒龍』の事をとても気に掛けておいでなのです」
慣れない仕事の補佐をしてくれる青年は、控え目な笑みを零しながら、飛を宥めようとする。
それでも、雷英の行動には何か裏がある。と勘繰ってしまうようになったのは、過去の一例が原因だろう。
「――だとしたら、いい迷惑」
心配しなくとも、今更『黒龍』の名から逃げ出す事はないし、優秀な従者殿のおかげで仕事が滞る事もない。彼が一体何を気にしているのかわからなかった。
「やれやれ、『小黒龍』には随分嫌われたものだ。そのうち小飛の影響で、お屋敷に 俺の出入り禁止令が出そうだな」
困ったように笑う雷英を見て、少しばかり留飲を下げる自分は、まるでかつて従っていた『白龍』のようで、不意に自嘲の笑みが零れる。
「禁止令を出したなら、あんたの暇潰しに付き合わなくていいわけか」
それならば一考の余地があるぞ、と考える素振りを見せれば、最近見る事のなかった真剣な表情が近くに来ていた。
「小飛、何の為にお前を次代『黒龍』に据えたと思っている?」
机を挟んで、こちらとあちら。この距離は同時に二人の心の壁を表しているようで、飛は言葉に詰まった。
――どうして俺を黒龍へ連れてきたのか?
黒龍の街を建て直す為?
それとも……。
「正直な所、花路と『白龍』の関係が羨ましかった。そして、お前と『白龍』の間にある絆に…嫉妬した」
「雷英……」
ずっと兄のように親しんできた男の身の内に、そんな想いがあったとは露程も知らず、まっすぐ向けられた強い視線に、飛はたじろいだ。
「幼い頃から、俺はお前の為に生きると決めていた。だから、小飛。俺たちの根源であるこの地で、お前を護らせてくれないか」
こちらの気持ちも確かめぬまま、身勝手な事ばかりを言って、誓うように口付けてきた男は、その後確かに呟いた。
――覚悟していろ。
俺は…いつか必ず、お前の中から
『白龍』を消す。
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