題目
□あいつとは何もない
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「――銀次さん、コーヒーをどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
……その光景は、立派に一つの絵になっていて、気付けば俺は、タバコを理由に店を出ていた。
"""あいつとは何もない"""
小雨降りしきる新宿の空の下。銀糸のカーテンに遮られて、ぼんやりとした姿でしか見る事のできない無限城を、何となく見上げる。
――あの中に、銀次たちはいた。
「美堂…」
聞き覚えのあるテノールに名を呼ばれ、肩越しに振り返れば、そこには怪訝そうに眉間を寄せている男の姿があった。
「どーしたよ?猿マワシ。散歩で迷い込む場所じゃねーぞ、ここは」
安っぽい傘を差し、一定の距離を置いて立っている士度と、雨を一身に浴びている自分との差に笑いが込み上げる。
蛮が人通りを避けて選んだ場所は、裏新宿の更に奥にある細い路地。……偶然に迷い込める場面ではなかった。
「『HONKYTONK』に向かう途中でテメェを見掛けた…。様子がおかしかったんで尾行(ツケ)てみただけだが?」
傘も持たずに、雨の中を一人でこんなトコロまで来て…、
何があったのか聞きたいだろうに、殊勝にも何も問わない士度の配慮に助けられる。
「……年月なんて、問題にならねー事はわかってんだ」
不意に落とされた言葉を聞き取り、男は蛮の隣に立った。
「――?」
「糸巻きが“四天王”で、“雷帝”がもっとも信頼していた部下の一人だったって事も…、
銀次が無限城を去った後だってそれは変わんねぇって事も……、
わかってる、つもりだったっ!」
ぽつり、ぽつり話している事が、まるで自分に言い聞かせているようで…、
蛮が感じている気持ちを察し、男はそっと瞳を伏せる。
――いつも自信過剰な男が表情を曇らせる時、原因は決まって かつての“王”だった。
それは、どうしようもない。と諦める反面、もどかしくもあった。
「………美堂…、 」
「蛮」
士度が更に声を掛けようとした瞬間。
後方から投げられた落ち着いた声に、二人は驚いて反射的に声の主を見た。
「――銀次」
いずれの者か、呼ばれた音と前後して、金髪の青年は蛮の許へ歩み寄る。
「心配、させたな」
“天野銀次”とはまた違う“雷帝”の優しい腕に抱かれ、魔女の血を引く男はどんな表情をしていいのかわからず、俯いた。
「誰よりも大事なのは、蛮だ。……最初から、蛮だけだから」
強く、深く抱き締められて、紫水晶の瞳から涙が溢れる。
「っ、ぎん……銀、次!」
いつも水面下には不安を抱き、些細な事で安定を崩してしまうココロ。
そんな自分の弱さに嫌気がさしつつも、掛けてくれた言葉の嬉しさに喜び、今は銀次の背中に手を回した。
「……やっぱ勝てねぇか」
先程までとは違う、蛮の穏やかな表情を見ると、士度は二人に背を向けて『HONKYTONK』へと向かった。
fin...