小説・成響部屋

□風邪
1ページ/4ページ




「大丈夫か。風邪、ひいたんだって?」
 牙琉響也は自宅のベッドで目が覚めると、寝室内に成歩堂龍一が立っていたので驚いた。夢を見ているのかと錯覚した程だ。
「??? なんで、アンタがここにいる……?」
「玄関のカギなら、開いてたぞ。」
「え。本当……? だからって、勝手に……!」
「緊急事態だ。ナベが煮えてたんだよ。」
「――え。」
 言われて、数分前のことと思われる自分の行動を思い出す。風邪による高熱のため汗をかいた牙琉は、体を拭くのに湯が欲しかったので、台所でナベに水を入れ、火にかけた。
 湯が沸くまで、ベッドに戻って横になっていたのだが、わずかな間に寝入ってしまい、それきり気がつかなかったのか。
「チャイムを鳴らしたけど、返事がないから、寝てるのかな、とは思った。ドアを引いてみたら、開いたんだ。そしたら、部屋の中が異様に熱いのに気付いて。湯気で充満してたよ。台所の火がつけっぱなしだったのが判って、それで、ぼくが火を止めた。」
 それが本当なら、危ないところを助けてもらって、礼を言わなければなるまい。
「……そう。それは、どうも……」
「タオルはどこ? 洗面所かな?」
「え。」
「汗をかいてる。体を拭いてやるよ。」
 親切そうなことを言っても、とても安心できない。
 この男、成歩堂に限っては、牙琉の体に触れたい、という下心が多分に疑われるのだ。
 迷ったが、だるさがひどく、起き上がるのが辛い。拭いてもらってさっぱりしたいのも正直なところだ。
「……洗面所のタオルは、どれも使ってある。ストックはタンスの中……」
 成歩堂は指示のとおりタンスからタオルを取り出し、沸いた湯を洗面器に移してベッド脇のサイドテーブルに運んだ。
 頼んではみたものの、いざ成歩堂に体を拭いてもらうとなると、牙琉は身を硬くした。
「まあ、そう警戒するなよ。みぬきが病気のとき、ぼくがいつもこうしてた。」
 言うだけのことはあり、どうやら成歩堂は、人の体を拭くのは手慣れていた。
 しかし牙琉が気を許したのもつかの間、成歩堂は調子に乗り出し、体を密着させてきた。
「おい、ちょっと……っ、なにを……! やめろ!」
「いいじゃないか。なにもしない。ちょっとだけだよ……」
「なにがどう、ちょっとだけなんだ! 離れろ!」
「イヤだな。離れなかったら、どうする?」
「離れないと……殴る。」
「……いいよ。こうされるのがイヤなら。殴りなよ。」
「じゃあ……ちょっと、離れて。近すぎて殴りにくい。」
「おいおい。本気かよ。ごめん、ごめん。やっぱり殴らないで。」
 成歩堂は体を離した。と思うと、急に顔を近づけてきたので、牙琉は驚いた。
「なにを…………っ!」
「……!」
 成歩堂が顔を近づけたので、牙琉はとっさに手のひらで遮断した。
 おかげで成歩堂は牙琉の唇にキスできなかった。
「…………」
「ちょっと。手。邪魔。」
「……だから! 風邪がうつるだろ……! いい加減にしろ!」
 成歩堂はなにやら思い出したらしく、面白がって言ってきた。
「あのアニキに、エッチなコトされたこと、あっただろ?」
「バカじゃないか! そんな関係じゃない!」
「子供の頃に、だよ。何かされたんだろ。」
「ええ? ……ああ、そりゃあ、そういえば子供の頃、アニキにイタズラされた……。変なコトしたんじゃないぞ、ちょっと触られただけだ。そんなの、一回きりだった。」
「え? 二回じゃないの。」
「二回……? だったかな……? そんな細かいコト、いちいち憶えてない。どっちでもいい。」
「…………」
 牙琉の反応が気に入らないのか、成歩堂はつまらなそうに口をとがらせている。
 牙琉はイライラしてきた。
「アンタも知ってるだろ! あの人……、おかしいんだ。思い出したくもない。」
 頭が痛い。意識が薄れてきて、考えることが億劫になった。
(なんだ、こんなヤツ……。風邪、うつしてやればよかったんだ……)

「……本当に、熱が高いな。」
 そう、成歩堂の声が聞こえた気がした。

 少しまどろんだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ