小説・成響部屋

□天使の誘惑
1ページ/6ページ




「キャア、牙琉さん! いらっしゃい!」
 成歩堂龍一に招かれて、彼の家を訪問すると、彼の娘、みぬきから熱烈な歓迎を受けた。ぼく、牙琉響也は少し緊張している。
 成歩堂の家に上がるチャンスを得たといっても、手放しで喜ぶことはできない。
 この父娘に相対するということは、嫌でも、ぼく自身が過去に犯した過ちを思い起こすことになるのだ。

 成歩堂の案内で部屋に通され、ソファーに座る。
 今日は、成歩堂が彼の手作りの料理をごちそうしてくれるらしい。今、作っているから、しばらく二人で話していてくれと言って、成歩堂は台所へ行ってしまった。
 ソファーに残るぼくと少女。彼女はもう十五歳だという。あれから七年経った。検事に成り立てだったぼくも、今では成人している。
 彼女と二人きりになる機会があるならば、どうしても、一度きちんと話しておきたいことがあった。だから、ぼくは言った。
「おじょうさん。七年前の法廷……、あの後にキミ達の生活が変わってしまったこと、重大なことだと、受け止めているよ。」
「え。牙琉さん。」
 少女は目をぱちくりさせる。驚いているようだ。
「いいえ。こっちこそ。あの日は、あたしのパパが失踪しちゃって、ご迷惑おかけしました。」
 少女はぺこりと頭を下げる。
(パパ、というのは、奈々伏影郎のことだな。)
 少女の言葉を頭の中で確かめながら聞いていると、少女は、予想もしない言葉を告げた。
「牙琉さん。そんな言葉、かけてもらわなくて、いいんです。あたしにはそんな資格、ないから。あたしは――法廷から逃げた、卑怯な被告人の娘――、新しい父親から弁護士バッジを奪った――忌まわしい娘なんです。後ろ指さされて生きていくのが、当然なんです。」
「なっ……! それは違う! 本気で言ってるのかい?」
 子供が殺人を犯したケースでさえ、親が法的に罰せられるということはない。逆もまたしかり。犯罪者の親族が制裁を受けるということは、法的にはナンセンスだ。ぼくは、そういう陰湿な世の中は大嫌いだ。
「いいんです。解ってるんです。あたし。決めたんです。」
 どういうわけか、少女は笑顔だった。明るい笑顔で、これまでの境遇もすべて、まるで平気だというように。
「あたしの罪は消えることはない。パパから弁護士バッジを奪ったのは、あたしです。その事実をちゃんと見つめ続けて、生きていかなきゃいけない。きっとそれが、あたしの運命なんだろう、って。
 だったら、あたしは。その運命にゼッタイ負けないように、図太く、平気な顔して生きていこう、って。」
「………………!」

 この父娘が、七年間、何事もなく日々を過ごしていたとは思わない。が、なかなか壮絶な告白に、ぼくは驚いていた。
「パパ、言ったんです。家族になってくれるって。おかしいと思いません? あたし、あんなひどいこと、したのに。」
「…………。」
 正直なところ、この話題は聞くのが辛い。まさにぼくの犯した罪の核心部分だからだ。
 ぼくも彼女も、間接的にだが、成歩堂が偽物の証拠品を使ったことに関わっている。
 証拠品を捏造した作者、偽物を作らせた依頼者。直接関わった者は彼らだ。ただし作者は、それが裁判の証拠品だなんて知らなかった。依頼されたものを作っただけだ。
 捏造証拠品の作者を無罪だとするなら、目の前のこの少女など何一つ悪くないではないか。それでも、罪を感じて生きてきたというのか。
 彼女の話から逃げるわけにはいくまい。ぼくは、向き合わなくてはならない。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ