小説・成響部屋

□VICE
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朝靄のビル街。通行人の影はない。
ビルの陰にたたずむ二人の男のほかには。

成歩堂は依頼されていた調査の結果を牙琉に報告した。牙琉は報告を受けると、無造作に折り畳んだ何枚かの紙幣を成歩堂の手の平に押しつけた。
「これで。」
成歩堂は紙幣を一瞬ちらっと見て、指先の感触で厚みを確かめながら
「これの倍、欲しいんだが、いいかな。」
と要求した。
「今回は結構働いたし、たまにはボーナスを頼むよ。」
「……まあ、今回はいいだろう。」
牙琉は報酬を追加した。
「何か入り用なのかい。」
「家賃と光熱費と保険料と娘の修学旅行の積立金があって。」
「……アンタほかに仕事してないのか?」
牙琉は思わずツッコんでしまった。
「生憎と、定職に就けるほどヒマがない。」
成歩堂はにやりと笑った。

「早速なんだが、頼まれてほしいんだ。」
次の依頼を説明する牙琉。それは牙琉が独断で成歩堂に頼んでいる非公式の仕事だ。成歩堂の仕事は確実で、時には期待以上の成果を上げるので、牙琉は捜査官に指示するだけではなく、よくこうして成歩堂に事件に関する調査を頼んでいた。
説明を終えたところで成歩堂が近付き、彼の腕が伸びてきたので、牙琉は思わず身構える。
「たまにはサービスしてくれよ。」
「ボーナスはさっき渡したぞ。」
牙琉は目で成歩堂を牽制する。
「ああ、そうか。ウーン。じゃあ、これは次の仕事の手付金。」
今まで何回か成歩堂に迫られたが、なんとかまぬがれてきた。いつかは本当に手を出されてしまうのだろうかと、正直なところヒヤヒヤしっぱなしである。そのような危険を抱えながらも、この男の仕事は確かなので、彼の裏稼業に牙琉は頼らざるを得ないのだ。
「そう逃げないでくれ。乱暴はしたくない。」
「……なに言ってんだ、アンタ……!」
壁際に追い詰められた。頬と頬が触れる。
とうとうか。いや、こんな簡単に甘い顔を見せるわけにはいかない。この男には頼れる片腕として、まだまだ当分働いてくれないと困るのだ。
「……面白くない。」
成歩堂は急に牙琉の顔から離れ、子供のように口を尖らせ、がっかりした顔でつぶやく。
「もうちょっと、頬を赤らめたり、潤んだ眼で見たりしてほしいな。」
成歩堂は牙琉の反応に不満を訴えた。
「……何度も言うが、ボクはノーマルだ!」
今まで何度も繰り返したセリフを言わなければならないのは、いつもながら馬鹿らしい。牙琉はこの言葉を言うときはいつも、捨て鉢にならなければとても発せられない。
「一度だけ、と言っても、許してはくれないのかい?」
「……そう言って一度ですむはずがないだろ。」
牙琉がいつも思っていることだ。だからこの手の要求を飲んではいけないのだ。
牙琉のその言葉を成歩堂は聞き逃さなかった。
「へえ、何度もしていいの?」
牙琉の反応を面白がるように、笑いながら尋ねる。
牙琉はついカッとなった。
「いいわけないから言っている!」
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