小説・成響部屋

□時をかける成歩堂
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 クリスマスというのに、意外と喧騒は感じられない。表通りから路地を一本入ると、すれ違う人もほとんどない。外を歩く人が少ないのだ。真冬の夕暮れだから、皆、とうに屋内に入って過ごしているのだろう。
 先程、牙琉は成歩堂にほんのちょっとしたプレゼントを渡した。大したものではない。本題に入るきっかけとして渡しただけである。

 つき合い始めてからも、何度も悩み、苦しんだ。若かったとき傷つき、傷つけた二人だ。失ったものは取り返せない、もう悩むのはよそう。何度も成歩堂にそう言われたが、けして消えない記憶に牙琉が苦しまないはずもなかった。
 それでも、いつでも会える、実際に会いたいと呼べば成歩堂は来てくれた、その安心感が、牙琉にとって何よりも心の支えになっていた。

「……で、話って、何だい?」
 公園内に人影のないおあつらえ向きの場所を見つけると、成歩堂が水を向けた。牙琉は心を決める。
「今まで言ってなかったから、今日は、はっきり言おうと思って。
 ぼくね。成歩堂が、その。す。す。す……」
 肝腎の言葉を告げようとするが、うまくいかず、牙琉は思わず成歩堂から目をそらしてしまう。
 と突然、牙琉のすぐそばでバサバサッと繁みの揺れるような音がした。
「え。成歩堂……。」
 牙琉が振り向くと、成歩堂が立っているはずの場所に人の気配はない。代わりに静寂しかなかった。
「成歩堂。どこ……?」
 二〇二六年暮。その日を境に、成歩堂は姿を消した。








 ドカッ
「うおっ!」
「誰だ!?」
 公園でたたずんでいた牙琉の背中に、誰かがいきなりぶつかってきた。牙琉は思わず大声を上げた。
「いたたた……。なんだ、いきなり。」
 ぶつかってきた男がつぶやく。それはこちらのセリフだ、と思いながら牙琉は、男の姿を確認すると、声を失った。
「……………………」
 牙琉がが黙っていると、男は声をかけてきた。
「牙琉検事。」
「成歩堂…………?」
「ん?」
 牙琉がまじまじと見つめるので、なにか様子が変だな、と成歩堂は感じた。
「いや。まさか。そんな……?」
 牙琉は、独り言のようにそうつぶやき、成歩堂の顔も体も、あちこちペタペタと触ってきた。目も鼻も口も、遠慮なしである。
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