小説・茜部屋
□新年の誓い
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巴が茜の上目遣いに心を動かしたのには、妹を甘やかしたいという以外に理由があった。
茜は巴に対しては、滅多に我がままは言わない。どうしても反対しなければならない理由がある時でなければ、巴の言うことに従う。
先程、巴が呆れてみせたのにも関わらず、茜は一緒に入ろうと主張してきた。
何か、どうしても一緒に入浴したい理由があるのではないか……、そのサインを感じ取ったのだ。
巴は洗髪を済ませると、保湿のためのクリームを髪と地肌に馴染ませ、頭にタオルを巻いてパックした。
それから体を洗うために、スポンジに石鹸をつける。
柚子湯に浸かっている茜は、巴の仕種の一つ一つを目で追っていた。巴の指先の動きの優美さが茜は子供の頃から大好きだった。
茜が凝視しているので、さすがに巴は気付く。
「なあに?」
「お姉ちゃんキレイだな、と思って見てるの。」
茜はニコリともせず、真顔で答える。
「見つめすぎよ。いやあね。」
巴は苦笑した。
茜は、この美しい、自慢の姉に恋人がいないことが口惜しい。どうして巴は恋人を作らないのか。
その理由を、茜は分かっている。分かっているのだ。
おそらく巴は、茜が結婚して幸せになるのを見届けるまで、自身の幸せを一切求めようとしないのだ、と……。
(それは違うよ、お姉ちゃん……。お姉ちゃんが先に幸せになってくれなくちゃ……。だって、お姉ちゃんなんだから……)
自分がどんなに姉の幸せを願っても、叶わないのか。どんなに念じてもそんなことは無駄で、自分が存在する限り、姉は自身の幸せを望もうとはしてくれないのか。なぜ。どうして。
自分は姉のために、本当に何もできないのだろうか。どうすればいい。一体どうすれば……。
茜の目から涙がこぼれたことに、巴のほうが先に気付いた。
「! 茜?」
「……んっ? あ、違う! なんでもない……」
巴の驚いた顔を見て、茜は自分が泣いていることに気付き、指先で涙を拭いながら、あわててごまかした。
茜の異変を見て巴は、何か悩み事があるのではないか、と察した。
体についた石鹸をすべて流すと、巴は湯船に移り、茜を抱き寄せた。
「茜?」
あえて、どうしたの? とは訊かない。話したければ何でも聞く、という合図で、巴は茜の言葉を促した。
「お姉ちゃん。……お姉ちゃんは、どうして……」
それ以上は、言葉にならなかった。
風呂から上がった後、巴は茜の気を紛らわせようと、再びかぼちゃの調理を手伝わせた。
半殺しにつぶしたかぼちゃはコロッケになった。
大好きな巴にああして、こうして、と指示されながら動くうちに、茜も少しは元気が出たようだ。
かぼちゃにしそ、しいたけなどの天ぷらが揚がったところで夕食となった。
そぼろあんをかけた煮物なども合わせて数種類のかぼちゃのおかずがテーブルにそろった。
食後のかぼちゃのプリンにはラム酒漬けにしたレーズンが入っていて、美味しかった。巴が「美味しくできたわ。」と喜んだので、裏ごしが失敗ではなかったと知り、茜も喜んだ。