小説・成響部屋

□Invitation
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「経験って……?」
牙琉は咄嗟に何の話か解らなかった。
が、さっき男になるのか、女になるのか、と問われてのやりとりのことを言っているのだと気付いた。
「男相手に経験がなくったって、別にいいじゃないか。」
「へえ。そうかい。」
成歩堂は牙琉をからかうように笑った。そして言った。
「ボクの気持ちを言おうか。
キミみたいなキレイな顔してたら、男でも構わないよ。」
抱かせてくれるなら誰でもいい、ということではないか。
「くそ……っ!」
そんな言葉を浴びせられて、拒否できる程度のプライドはある。

牙琉は立ち上がり、まっすぐ玄関へ歩いた。
靴を履く後ろで成歩堂の声がする。
「……抱かれたくなったら、またここにおいで。」
「誰がアンタなんかに!」
牙琉は振り向きもせず、玄関を出た。


『キミがボクにしたコトを考えたら、これぐらい、痛くないはずだよ。――』

成歩堂の言葉はもっともなのかもしれない。
牙琉自身、そのことでは取り返しがつかない、本当にすまないことをしたと思っている。
当時の自分には力不足で、真実が見えていなかった。防ぎきれなかった。
この十字架は一生背負わなければならないだろう。

だが、それを盾に、体の関係を要求するなど考えられない。
彼がそんな汚いことを言う男だとは思わなかった。

男を好きになったと、変な目で見られるだけならまだマシだった。
こんな屈辱を受けるとは……。

家に着いてもなかなか眠れなかった。
悔しかった。
成歩堂が予想もしなかった卑劣な男だったこと。
気持ちのないまま、都合よく体だけを求められたこと。
まだ残る成歩堂の指先の感触。
今日あった全てが悔しかった。
彼があんな態度でなければ、もしかしたらもっと満たされたかもしれないのに。

いや。これでよかった。
無傷で済んでよかったのだ。
じきに忘れられる。

いつしか牙琉は眠りに落ちていた。



…(中略)
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