小説・成響部屋

□Invitation
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「待ってくれ。」
牙琉はとっさに成歩堂の手を握った。
「行かないでほしい。」
(何を……言っている……)
牙琉は自分の発した言葉を疑った。それでも、手を離すことができない。
「イヤなんだ……離れたくない。」
「ちょっと……キミ……」
成歩堂はどう応えたものか、困惑した。

早く手を離さなければ。牙琉は焦った。相手に変に思われているじゃないか。
迷惑がられて当然だが、そう考えると……辛い。胸が痛む。
なぜ?
ああ、そうか。成歩堂に嫌われたくないからだ。

「娘が学校から帰ってくる。ボクも帰らなきゃいけない。」
当然だ。引き止める理由などない。
牙琉は必死の自制心で成歩堂の手を握っている力を緩める。
手が離れた。その時自分がどんな顔をしているのか、牙琉は全く意識していなかった。
「キミに一つ訊きたい。キミはボクが、キミに対して好い印象を持っていると思うかい?」
成歩堂の質問はもっともだった。憎まれこそすれ、好かれる理由なんかどこにもない。その事実をつきつけられた。
「……そんなことは、まずないだろうね。」
牙琉はできるだけ気丈にふるまったが、気が遠くなりそうだった。
「……そう思ってるんなら、よっぽどのことだろう。」

「……なんだったら、うちに来るかい?」
成歩堂の声が聞こえた気がした。しかし、今のは聞き間違い、あるいは幻聴ではないかと牙琉は信じられず、顔を上げるのがのろのろと緩慢になってしまった。
「あ……え? 今、なにか言った……?」
申し訳なさそうに尋ねる牙琉に、成歩堂は迷いながら言葉を継いだ。
「そんなに辛そうにしてるからさ……」
牙琉は、自分が無意識のうちにうつむいてしまっていたことに気付く。
「だけど、娘さんが、」
「夕食の後なら、二人で大事な話があるからって言えば、娘抜きで話せるよ。」

「娘の寝室に入らないでくれよ。」
「あ……もちろん! そんなことしないよ!」



…(中略)
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