物語
□ログ
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「日番谷君?」
思ったよりも近くで声を掛けられた。
顔を上げ、体を丸めるようにして覗き込む男を見上げる。相も変わらず整った顔を眺めた。
「どうかしたのかい?ボーっとしてる」
「いや…、なんでもねぇ」
見惚れていた、と言えるはずもない日番谷は部屋へとそそくさ入る。
鏡と箪笥と布団、それだけの部屋なのに蝋燭が艶やかな襖を揺らして夜の世界を作り出していた。
「酒、飲むだろ?」
日番谷は酒と杯を手に杯を差し出して言った。
「うん、頂こうか」
窓の側に腰掛け、にっこりと笑顔を称えては杯を手に取る。
「ふ、飲み過ぎて使いモンならなくなんなよ?」
「それは君の方じゃないのかい?尤も、使わないから構いやしないのかもしれないけどね」
「うるせー」
珍しく冗談を言っては膨れっ面を見せる日番谷もケラケラと笑い手酌する。誘われて藍染も笑いながらありがとう、と断ると一口飲んだ。
日番谷も付き合って杯を交わし合う。
仕事の話、ご飯の話、政治の話…たわいない事を語り合い夜が更けていくとふと、藍染が日番谷に手を伸ばした。
お酒の影響もあって笑いが絶えなかった室内に沈黙が訪れる。
「今日は随分飲んだね、赤いよ」
「…そんな日もあるだろ」
熱を持った頬に手を添えた藍染を見て、日番谷は同僚からの視線を思い出し藍染から視線を外した。
「何か、あった?」
「別に」
「嘘。君が言いたくないのなら無理には聞かないよ。ただ、僕には甘えなさい」
黙り込んだ日番谷にわざと命令口調にして言う。日番谷は自分に厳しく、甘える事などしない。そうやって全てを背負って生きていく。
そういう男だった。
ふぅ、と苦笑と一緒に小さく溜息を漏らすとなんでもないから、と呟きつつも藍染の腕に頭を預ける。
それだけでも日番谷に取っては十分な甘えだったが、藍染は銀髪を掻き抱くように胸に埋め、細い腰を引き寄せた。
「あい、……」
強引な行動に勢いでぶつけた鼻の事を抗議しようかと相手の名を呼ぶが、そうでもしないと日番谷は甘えてこないと分かっていての優しさに笑みと涙が溢れそうになり、顔を胸に押し付け黙る。
暫く沈黙は続いた。
重苦しいそれではなく、柔らかな風に包まれるかのような一時。
「こういう時間て普段が忙しいからかな…すごく落ち着いた気持ちになるよ」
胸に当てた所から低く響く藍染の声に眠気が誘われるような面持で頷いた。
「俺も、…好き」
藍染の仄かな香に目をつぶると酔いも相まってどっと睡魔が押し寄せてくる。
抵抗しようと日番谷は頭を起こすが、藍染が留めるように頭を撫でつける。
一定の動きで撫でつけられるそれは日番谷を夢見へと誘う。
「あいぜん…悪、ぃ。俺…眠…」
言い終わるか否か、穏やかな寝息と子供らしい体重が藍染の腕に掛る。
「仕方ないね、今日のところは我慢してあげるよ」
可愛らしい、と笑いながら布団に連れて行くことも考えたが、まだこの腕にしまいこんでおきたくて目を細めて、寝顔を盗み見る。
すくってスン、と嗅いだ銀髪は椿のような匂いがした。