★オリジナル小説★
□君の声
2ページ/38ページ
「ふぁ〜……おはよう、マメたろ。今日もお前の好きだったケーキやマフィンたくさん焼くからな。だから今日もたくさんお客さんが来ますよーに!」
パンパン、と手を合わせて頭を下げる忍の前には、小さな写真立てのガラスの向こう側で微笑む子犬の男の子がいた。大きなボールを抱き締めてあどけない表情で微笑むその男の子の頭を撫で、忍は切なそうに眉尻を下げた。
「……マメ」
「いつまで引きずってんだ…」
「……誠…」
振り向けば、腕を組みながら眉間に皺を寄せて自分を睨みつけてる誠が居た。
その逞しい身体に小さな白いエプロンがアンマッチ過ぎている。
「…そいつが死んでもう一年だぞ…?いい加減忘れたらどうだ…」
「忘れるなんて出来るはずないだろ?マメは家族だったんだから!ほんっと冷たい奴だよなぁ…」
ムッとして誠を睨みつけるが、彼はフンと鼻を鳴らしてキッチンへ入っていった。
「第一、焼くのは俺だ。ケーキの一つも満足に作れない奴が偉そうに何言ってやがる」
「…それは……そうだけど」
「さっさと開店の準備しろ。朝は時間がないからな」
「あ、うん…わかった」
忍は店内のテーブルクロスを綺麗に整え、真ん中には小さくて淡い色の花を添えた花瓶を並べる。店内にチリ一つ残さぬ様丁寧に掃き掃除をし、窓ガラスをピカピカに磨き終えた頃、オーブンからは甘く良い香りが漂い始めた。
「看板出すよー」
「…ああ」
本日のオススメメニューを書いた三角形の看板を入り口ドアすぐ手前に出し、closeの札をopenへと切り替えた。
んーっ…と店先で伸びをして朝の透き通った空気を思い切り吸い込んだ。
「今日も1日頑張ろう俺」
ここは町外れにある喫茶店。朝は喫茶店にしては早くから営業しているよ、モーニングもやってるからね。
あ〜んな怖そうな顔してるのに誠の入れた珈琲も紅茶も天下逸品で、お客さんには好評なんだ。もちろん料理担当も誠なんだけどね……。
それと、接客専門の俺、忍の2人でやってる店なんだ。町外れな割には結構お客さんも来るし商売上々って感じかな?
今日もたくさんお客さんが来てくれるといいな。
「いらっしゃいませ!」
写真立ての前に置かれた小さな宝箱の形をした置物の中に飾られた空色の石が、キラキラと差し込む光を反射していた。