リレー小説
□川蝉町一ヶ月戦争
1ページ/1ページ
きっと、私は普通だと思う。
突き抜けるような青い空。
叩きつけるような蝉の声。
容赦加減も無く降り注ぐ太陽の光。暖められたアスファルトから揺らめく独特な臭気が、汗ばむ肌を撫でては空へと消えた。
きっと、私は普通だと思う。
夏が近くなるにつれ、そんな事を考え始める。
毎月かかる携帯の料金のために早朝にバイトをしたり。
学校では日が暮れるまで部活動で青春の汗なんか流しちゃったり。
たわいもない事で思春期の少女らしく大好きな家族と喧嘩したり。
思いがけない出会いから一目惚れなんかしちゃったりして、恋をしたり。
自分で言うのもなんだけど、でもきっとすごく一般的で、その他多数で普遍な人間達の一人なのだ。
ごく普通の女子高生。
ごく一般的な10代。
そんな頭文がもっとも似合う、
それが前島芹《まえじま せり》という人間なのだ。
でも、それは私自身が、まだ踏み外していないからなのだろう。
人生という曲がりなりにも、進めるだけの歩幅を持ち合わせた道から、足を踏み外していないから、普通なのだ。
あえて踏み外してみたいなどとは、思わない。
だけどもし……もし踏み外せば、普通以外の何かが生まれるのだろうか?
ドラマや小説のような展開が起こるのだろうか?
携帯電話の支払いのために、銀行強盗でもしてみたり。
部活をしていたら突然、悪の組織に襲われたり。
家族と喧嘩して、朝起きたら家族がバラバラになってたり。
一目惚れをした先輩が、実は裏社会の暗部に関わる事件に巻き込まれ、殺されそうになるのを、助けたり。
きっとこんな陳腐な想像すらも、世界の誰かにとっては、ありがちな事なのだろうか……。
そんな事を考えてみる。
物事において、億以上存在する人間の中で一体どこまでが普通で、どこまでが普通じゃないのか。
多数は普通で、少数が異常なのだろうか?
ルールを守る人が正義で、破る人が悪だとか?
曖昧だと思う。
曖昧で、その上朧気すぎる善悪と普異の境界線。気づいていたら迷い込んだように踏み外しそうで、怖い。
そんな事を考えてみる。
だけど、私は普通だ。答えは無い。
道を踏み外してなんかいない。答えは無い。
私は普通だ。
「だけど、まぁ……そのはずなんだろうけど……さ」
目の前にある事実は、正直そんな考えの
……範疇ではない、素直にそう思う。
こういう時は、よくあるサスペンスドラマを見習って、派手に叫び声をあげたりすべきなのだろうか?
……なんだろ、これ
えっと……どこが……何?
ちぎれたり……ねじくれたり……
ヒューヒューと、胸の上下運動に合わせて流れ続ける鮮烈な色。
……………………ああ。
これが道を外したって事なのだろう。
これが普通じゃないって事なのだろう。
いや、でも外したのは私ではない。
だって私は、ただ、ただたんにアルバイトへの近道に使う路地裏という、いつもの道に進んだだけだ。ほぼ毎日使っている通りなれた、狭くて暗い路地裏。立ち籠める排気ガスの臭いも、ガラの悪いお兄さんや、時折現れる野良猫にだって顔見知りになるほど通りなれた道だった……そのはずなのに……。
気がつけば、目の前には……
明らかに“普通じゃないモノ”が転がっている。そう、これは普通じゃない。明らかに少数的な出来事だ。
すべてを理解した私は意外にも冷静にその場を後にした。
猫のがちょうどあんな感じだったとか、なぜかそんなことを考えている
おそらく事態を溜飲する事を、無意識で拒否しているのだ。
夏、朝、路地裏から除く狭い空と、かかる雲。
……あぁこんな事態に直面して、初めて実感できたのだ。
前島芹は、普通でいたいのだと。
だけど
答えは 無い
川蝉町一ヶ月戦争
修羅の助編〜『会』
近日、新章、再会。