□いちてんご
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〜♂視点〜




ガチャッと開く扉の中はいつもと変わらず暗い。






「ただいま」






誰も居ない空間に響くは自分の声のみ。






その行為は自分を苦しめるだけだと





自分で自分を追い込むだけだと知っていても






止められない。







もしかしたら







もしかしたら、扉を開けた瞬間にアイツが満面の笑みを浮かべて「おかえりなさい」と迎えてくれるかも





そんな期待を込めて言ってしまう。









そんなこと絶対にナイと分かってる。







あの日の






あの時の






アイツの泣き顔が。





愛しくて何度も抱いたその細い体を震わせて




愛しいと感じた唇からは、小さな声で何度も謝る
「ごめんなさい」と…。





絶対に放さない。
絶対に放れない。





そう誓ったのに…………







アンタは俺に背中を向けた






そんな残像が俺を苦しめるのに






俺の心に、身体に






そしてこの部屋には未だにアンタが住み着いてるんだ。







ポタリ………




頬を伝うソレは

―――涙か、それとも髪から滴る水滴か―――






「…………」





外から聞こえる雨の音。




その音しか発しないこの空間に佇むは1人。



暗い雰囲気に飲み込まれそうになる。





「………今更だろ」





沈む視線を無理矢理上げて電気のスイッチを押す。






パチッ




その音と共に視界は明るくなり今いる空間を浮かび上がらせる。






「……掃除しとかねぇとな」





とりわけ物が多くある訳ではない。





逆に少ないほう。




それでも置いてある物に比べると今ある部屋数の方が多いだろう。





少し怠そうに体を動かせば濡れた袖が目に入る。




(……そうだ。びしょ濡れだったんだ)




女と別れ小走りに来ても雨は容赦をせず、全身を余すことなく濡らしてくれた。



(姉ちゃん、風邪ひいてねーかな?)




コロコロと変わる表情を思い出し頬の筋肉が上がるのを感じる。




「明日から忙しくなるな」



気合い一発両頬をペチンと叩き脱衣場へ向かった。






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