Junk

□エピソードV
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熱燗
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 生まれて初めてだった。
 自分の手で熱燗を作ったのは。


 作り方もロクに知らないまま、徳利を一つ買った。熱燗にすると全く味が違う、と言われた酒を購入したのがすべてのきっかけなのだ、と思いながら。
 意味などない散財だと苦笑いしながら、酒と徳利を大事に家に持ち帰っていた。
 けれど鍋は焦げ付いていて、洗う気すら起きずにその日は寝た。

 そうして、幾日かたって、完全に鍋を焦がしてしまった私は、料理を作ることすら諦めて惣菜を買い込んできた。3パック525円。無意味な散財だ、と財布が言うのを無視した形で、ご馳走が机に並ぶ。

 ああそうさ、意味なんてないね、と思いながら、燗で飲むと上手いといわれた酒を冷やのまま何杯か飲んだ。ちっとも酔った気がしないまま杯を重ねて、そうして不意に立ち上がる。あの鍋洗って熱燗作ろう。

 鍋を洗うのは、思ったよりずっと大仕事で、あとからあとから浮かぶ灰色の泡に笑った。着ていた白い服の袖に泡がついて、染みになる前にそっちも洗った。

 そうして、別の服をまとって鍋に戻る。前ほど銀色ではないものの、なんとか体裁がつくところで水を張った。何度か水ですすいだだけの、購入したての徳利を、さっきから飲んでいた酒でもう一度すすいで、それを飲み干して今度は6分目くらいまで注ぐ。そうして、そのまま、水に沈めて、弱火でじっくり煮ていった。
 何の本を見たわけでもないそれは、聞きかじった知識だけに頼った勘の賜で。途中で何度も飲んで温度を確認し続けて漸く、なんとか人肌程度にあたためることに成功した。

 結論から言うならば、燗した酒は充分おいしくなっていた。熱くもなく、ぬるくもなく、何より先ほどまでよりずっと、丸くなっている。

 なんとなく、今なら何でも出来るような気がして笑う。どうせこのまま寝てしまうのだろう、と思いながら作った初めてのつまみは、チーズをかんころもちに重ねてレンジにかけただけのものだったけれど。
 充分、おいしかった。



 実は1月31日
 


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