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□それでも僕は歩み続けるけれど。
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僕は絵を描くことが好きだ。
小学生の時から数々の賞をとっていて、それは僕の唯一の勲章でもあった。



…でも。



僕は人と関わる事が苦手だった。いつもいつも一人で。



いつもいつも寂しかった。





…寂しかったんだよ。





「ヒカルく〜ん、金貸してくれよ〜。オレ今日遊びに行くんだぁ」


「そ…そうですか……楽しんで来てください」


バン、と目の前の怖そうなオニーサンが机を叩く。僕に顔を近付けた。


「だぁ〜からぁ〜遊びに行きたいんだけど、金が無いの。…貸して?」


不気味な笑みを向け手を差し出す男。
同い年には思えない迫力。僕は顔を逸らした。


「で…でも僕もお金無いし……」


さり気なく財布を隠す。
男はそれを目敏く見つけもぎ取る様に奪った。


「あ〜?どこが"無い"んだよ?いつもより持ってるじゃねぇか。1万ありやがる」


スルリと手慣れた手つきで僕の福沢さんをさらって行く。


「あ…!」


それで今日は画材を買おうとしてたのに。やっとためた1万円だったのに。
なんと言う事だ、僕の福沢さんは抵抗する事もなくあの男のもとへ行ってしまった。
残念だがこうなれば諦める他方法はない。


「……楽しんで…来てください」


俯き鞄を持って帰宅する。
仕方ない、今日もリコには色鉛筆で描いた服で我慢してもらおう。


「ただいま」


誰もいない家に向かってつぶやく。今日も母さん、遅いって言ってたっけ。


自分の部屋に入るとようやく肩が軽くなった。
机に置いてあるB5サイズの分厚いハードカバーで出来た本を開く。

中は活字などない、ただの白い紙。

僕は最初のページを捲った。そこには中学生の時僕が描いた風景画がある。


「リコ、ただいま」


本に向かって挨拶をする。すると風景しかなかった絵にどこからともなく1人の青年が現れた。


「お帰りヒカル。今日は苛められなかったか?」


青年が絵の中で動き、僕を心配する。青年――リコが見えるように僕は机の端にその本を立てた。


「いじめられたよ。っていうかあからさまにカツアゲされた。だから今日リコに描いてあげるつもりだった服もまた色鉛筆で描く事になっちゃったよ」


机に突っ伏してふぅ、と溜め息を付く。リコは本から飛び出せるわけでは無いけれど、僕の顔を覗きこもうとしゃがんで首をかしげた。


「またカツアゲされたのか。懲りない奴だなヒカルも。カツアゲされると思ったら逃げてこいよ」


ヘラヘラとおかしそうに笑うリコ。僕の気も知らないくせに。


「色鉛筆で描いた服で大丈夫だからさ。夏用の服、描いてよ」


前に一度、色が鮮やかに出るコピックと言うペンで洋服を描いてあげた事があった。
リコはその服の鮮やかさに大変満足したらしく、色鉛筆で描いた服をしばらく着なかった事があった。


「リコのさっきの言い方がムカついたから無理。嫌」


「そんな事言わないでくれよ。俺の服、もう何日このままだと思ってるんだよ」


「……だってそれは一生懸命僕が描いてもダサイって言って着ないからじゃないか」


「だってそれはヒカルがセンス無い服ばっか描くからじゃないか」


即答。


しかも痛い言葉をさらりと言う。


「ファッション雑誌に載ってる服を見本に描いてね」


僕が言い返さないのを良い事に面倒臭い注文をしてくる。


「嫌だってば。僕そういう雑誌読まないし、だいたいリコは出かけないんだからTシャツとズボンで良いじゃないか」


「はぁ〜ダメだなぁヒカルは。本当にセンスのある人間は何処にいようが誰といようがお洒落するもんなんだよ」


僕としか会わないくせに。


君は僕が描いた人だって事、わかってるの?


「…わかったよ。じゃあ今から描くから。一旦ページ捲るよ」


「有り難うヒカル君」


こんな時ばっかり調子が良いリコ。


ページを2つ捲り、クロゼットの中の様子が描かれたページを開く。
僕はそこに直接、パソコンでみたモデルの着ている服を描き始めた。





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